恋物語番外編 | ナノ


メーラ舞う 2







 ボンゴレ屋敷の談話室は広く、ゆったりとした空間だ。

 よくボスと守護者が酒を飲んだりゲームに興じたりしていて、なまえも何度か入ったことがあったが、アラウディが自分からここに入るのを見たのは初めてだった。

 手で持って歩くと怒られるので、ワゴンにサイフォンとカップ、茶菓子のチョコレートを載せて運ぶ。

 アラウディはソファに座り、なまえが入ってきたのに気づいて顔を上げる。


『林檎は?』

『ごめんなさい…。まだ無理です』

『冗談だよ』


 しゅんと眉を下げるなまえに、アラウディは薄く笑みを浮かべた後ソファの前に空いた広いスペースに向かって顎をしゃくる。


『ビリヤード台はどうしたんだい?』


 中央にはビリヤード台がでんと置かれてあったのだが、今は何もなくソファの前はとても広く感じる。

 なまえはコーヒーを注ぎながら思い出し笑いを零す。


『祝勝会の時にナックルが張り切りすぎてキューを折っちゃったでしょ。その時ラシャ《ビリヤード台の表面の布》も破れたみたいで、まとめて修理に出したんです』

『あぁ…。そんなこともあったね』


 コーヒーをローテーブルに置くと、アラウディの手がぽん、ぽんと2回隣のスペースを叩く。

 自分の分のコーヒーを注いで隣に座ると、香ばしい湯気がふわりとなまえとアラウディを包んだ。

 アラウディ用に濃く淹れたコーヒーは、ミルクと砂糖を多めに入れてやっとちょうど良い苦さになる。

 体の中をコーヒーのあたたかさが巡るのを感じていると、アラウディの長い指が皿の上のチョコレートを摘む。


『君の怪我が治ったら、正式なお披露目パーティをやるって話も出たよ』

『会議でですか?』


 チョコレートを半分齧ってアラウディは頷く。

 ジョットがアラウディの退室を許した後、ドアを閉める際隙間から聞こえた程度だから、本当にやるのかはわからないが。

 そう言って、アラウディは意地悪く微笑んでなまえを見やる。


『やるとしたら、君はもっとダンスの練習が必要だけどね』

『やっぱりそうですよね…ってなんで知ってるんですか!?』

『見てたからね』


 あっさりとそう言われて驚く。

 パーティでは、刺されて気を失うまで全くアラウディを見かけなかった。

 いったいどこで見ていたのか。全く気づかなかった。


『まぁ練習3時間の割には上手く隠せていたよ。下手さを』

『皆が隠してくれたんですよ…。はぁ、また練習しなきゃ…』


 ダンスの下手さを自覚しているなまえは左手で顔を覆って溜め息をつく。

 その言葉にアラウディの目が不機嫌そうに細められる。


『皆って、他に誰と踊ったんだい?』

『え?見てたんじゃないんですか?』

『僕が見てたのはプリーモと踊っていた時だけだよ』


 驚くなまえに、アラウディは残り半分のチョコレートを口に放り込む。

 なまえは軽く眉を寄せて記憶の糸を手繰り寄せる。


『ジョットの後はランポウ、D、雨月、その後Gが来て…ナックルと踊った後にジョットと2回目』


 するとチョコレートを飲み下したアラウディが、さっと立ち上がる。

 指を折って数えていたなまえが驚いて顔を上げると、冷たい水のような青い瞳に見下ろされる。


『踊ろうか』


 へ?と言う間もなく左腕が掴まれ、立ち上がらされる。

 強く引かれた拍子に前に倒れると、広い胸に受け止められる。



 少しだけ酒の香りがした。チョコレートに入っていたリキュールだろうか。

 ほんのりと香っただけなのに、酔いそうになって、なまえは慌てて思考を巡らす。



『いや、あの…音楽もないし』

『たいした問題じゃないよ』

『でも、足とか踏んだら…』

『許さないよ』


 やっぱり!

 後ずさりしようとするなまえの腰を、アラウディは右手でしっかりと捕まえた。

 包帯が巻かれた右手には触れず、手首を掴んで固定する。

 元はビリヤード台があった場所にホールドを組んで立つ。

 髪は下ろしたままで、ドレスではなく普段着ているシャツとパンツ姿のなまえは少し恥ずかしそうにアラウディを見上げた。


『あの…どうして急に?』


 その質問に、アラウディは無表情のままなまえの右手首を掴む力を強めた。 


『きまぐれだよ。ただの…』

『私、本当に足を踏まない自信がな『許さないよ』

(〜〜〜〜〜ッ!!!)


 言葉を遮られて涙目になるなまえを見て、アラウディはふっと口元を緩ませる。

 包帯が巻かれた右手をちらりと見て、掴んだ手首を引く。





 早く治ればいい。

 そうすれば、林檎も剥けるし、この手をちゃんと取って踊ることができる。





 次にパーティがある時は、踊ってみてもいいかもしれない。








『Balliamo?《Shall we dance?》』 






 いつもより少しだけ柔らかいアラウディの声に、なまえは観念したように微笑んで、ステップの最初の一歩を踏み出した。










メーラ舞う











(やっぱり、次のパーティに出るのはやめておくよ)

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!)






 踏んだようです。





* * *


1100番キリリクのアラウディさんです!
唯一踊っていなかったんでここで踊っていただきました。
リクエストありがとうございました!

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