恋物語番外編 | ナノ


彼女を探して 3







 その後、どれだけ探し回ってもなまえは見つからなかった。


【ランドリールームでアイロンをかけていた】

【一休さんのごとく廊下を雑巾がけしていた】

【玄関横の小部屋で使っていない靴を全て磨いていた】

【ハーブ園の世話に行くと言っていた】


 目撃情報を得ては行ってみるものの、着いたらもうその場所にはなまえはいない。

 あるのは彼女が完璧に仕事をこなした跡だけだ。





(こんなに会えないものなのか…)





 ハーブ園から戻ったジョットは傘を閉じて本日回数3ケタに突入しそうな溜め息をつく。

 玄関には業者のアレッシオが来ていて、一瞬なまえがいるかと思ったが、応対しているのはDだった。


『ではよろしくお願いします。明日なら昼間は屋敷にいますから、私に直接渡してください』

『かしこまりやした。ではこれで…。ボス、失礼します』

『ああ。レナータによろしくな』


 アレッシオが恭しく頭を下げて出ていくと、ジョットは室内用の靴に履き替えて階段を上ろうとする。

 Dは疲れ切っているジョットを面白そうに見て言う。


『ヌフッ。その様子ではまだ会えていないんですね。なまえならさっき…』

『もういい。もうこれ以上ふられたくないからな』


 むすっとした表情で言い放ち、肩を竦めるDを一瞥してジョットは自室へ向かう。

 雨の日は忙しいと以前なまえは言っていた。仕事をするのは彼女にとって当然で、腹立たしいのはタイミングの悪い自分だ。

 勘は良いはずなのに、肝心な時にまったく役に立たない。








『あ、ジョット』





 自室のドアを開けた瞬間柔らかく響いた声に、ジョットはドアに手をかけたまま動きを止めた。

 ドローイングルームのデスクの前に立つなまえは、マホガニー色の長い髪を後ろで一つに纏め、動きやすそうなシャツとパンツという仕事着だ。



 探して探して、それでも見つからなかったなまえが唐突に現れて、ジョットはほとんど無意識に歩み寄り、彼女の手を取る。

 柔らかい手をとって、やっと彼女に会えたのだと実感できた。

 きょとんとするなまえを見て、ジョットは目を細める。


『探してた』

『そうなの?』

『朝から、ずっと』

『そうなんだ、ごめんね』

『こんなに会えないと思わなくて…』

『今日は特別忙しかったの。滅多とないのよ。こんな日は』


 きゅっと手を握り返されて、ジョットは笑顔を浮かべるなまえを見返す。

 たしかに、こんなにタイミングの悪い日なんて、滅多とないのかもしれない。


『そうだな。…あまりにも会えないから、少し寂しくなったんだ』

『呼んでくれればいいのに』


 なまえの手が離れ、しゅるりと首に何かが巻かれる。

 あっと言う間に締められたのがネクタイであることに気付いたジョットが自分の胸元を見下ろすと、覚えるある柄だった。



 なまえを探すということに夢中ですっかり頭から抜け落ちていた、キャバッローネからもらったネクタイ。



 なまえは形が綺麗に整ったネクタイに満足したように微笑んでいる。

 そういえば、ぐしゃぐしゃに散らかして出てきたはずの部屋はすっかり綺麗に掃除されていた。





『ジョットが呼んでくれたら、私…すぐに飛んでいくのに』





 ああ、そうか、とジョットは納得する。

 呼べばよかったのだ。

 呼べば、彼女は来てくれたのだ。

 だってなまえはこんな近くにいるのだから。





 こんなにも近くで、自分達の生活を支えてくれているのだから。





『なまえ』

『なに?ジョット』

『俺も…飛んでいくよ』

『うん』

『これで、いつでも会えるな』

『うんっ』
















(さて、ジョットは着替えて出かける準備しなきゃ)

(解くのか?せっかく綺麗に締めてくれたのに)

(何度でも締めてあげるから。ね?)

(わかった。着替える)

(ん)







 ジョット様が忙しく働く主人公を探すお話です。
 きちんと仕事をしている描写が今まであまりなかったので書いてみたのですが。
 日常編のシトロングリーンサックスブルーの間のお話です。
 ジョット様だけのつもりが結局全員登場しちゃいました。
 文字通りのすれ違いでしたが、最後はほのぼの終われたかな、と。

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