恋物語パーティ編 | ナノ


カクタス サブジュゲーション 3







 目が覚めると、雨月の心配そうな顔がぼんやりと見えた。

 何度か瞬きをしてから起き上がるが、頭と体が酷く重かった。

 雨月が安堵の息を吐いて、背中をさすってくれる。


『俺はどれくらい気を失っていたんだ?』

『20分くらいでござるよ。少しだが顔色もよくなった。もう少し寝ているか?』

『大丈夫だ。…! それよりユキは?』


 ユキのことを思い出して慌ててベッドから降りようとするが、くすくすと笑う雨月に押し戻される。

 雨月が笑いながら開きっぱなしのドアを指すと、隣の部屋からと思われる騒がしい声が聞こえた。


『だから痛くねぇんじゃなくて痛み止めのおかげだっつってんだろ!』

『そうですよユキ。動かせば簡単に傷は開くんですからじっとして。プリーモもまだ寝ているんですから静かに』

『なんでジョットが気を失ったの!?怪我が酷いの?ねぇジョットに会わせて!』

『どっちかっつうとお前の方が重傷だ!コラ暴れんな!』


 どたばたと聞こえる音にジョットは呆気に取られ、雨月の笑いが本格化した。

 床に足を下ろすと、やれやれと首を振りながらDが部屋に入ってくる。少しだけ格好がぼろっとしているのは気のせいではないだろう。


『起きたんですね。ユキは貴方に会うまで落ち着きそうにありませんよ。Gが彼女に拳骨を落とす前に収拾して下さい』


 そう言って服を整えながらDは出て行く。

 パーティはお開きとなったらしく、ランポウとナックルはキャバッローネファミリーが招待客を見送るのを手伝っているのだと雨月から説明された。





『プリーモが起きる少し前にアレーナ殿が挨拶に参られたでござるよ』

『アレーナが?』


 ジョットは首を傾げてジッリョネロファミリーの女ボスを思い浮かべる。

 パーティが始まる前に挨拶をした。いつもの大きな白い帽子は被っておらず、彼女の瞳と同じ海の色のドレスを着ていた。

 後でユキと共に改めて挨拶に行くと言ったら、用事を済ませたら帰るから会えないかもしれないと言っていた。


『近いうちに詫びをするとプリーモに伝えるよう言われたのでござるが、何かあったのでござるか?』

『詫び? …いや、心当たりはないが』


 眉を寄せてジョットは首を捻る。

 彼女に詫びられるようなことなどなかったはずだが、今それを考えても仕方がないとすぐに考えるのはやめた。

 ジョットは立ち上がり、包帯が巻かれた体の上から新しいシャツを羽織って部屋から出る。

 隣の部屋に入ると、ベッドの上で頭を押さえるユキと拳を握って立っているG。

 拳骨には間に合わなかったらしい。

 ジョットが近づくとユキがぱっと顔を上げ、それに気づいたGが振り返る。


『ジョット!』

『起きたか。腹の傷はかすった程度だ。顔色も戻ったし、お前はもう大丈夫だな』

『ああ。他の皆を手伝ってやってくれ。ユキと話したい』


 好きなだけ、と口元を歪めてGが出て行くと、ジョットはベッドに腰を下ろす。

 ユキは髪も乱れていたし少し顔色も悪く、手には包帯が巻かれていたが、笑っていた。


『手は…大丈夫なのか?』

『うん。傷が塞がるまでは右手は使えないけど、元通り動くようになるって』


 微笑んでひらひらと左手を振るユキに、ジョットは安堵する。

 ユキのマホガニーの瞳に映る自分を見る。自分の瞳の中にも、彼女がいるに違いない。


『あでも、仕事はちゃんとできるよ。両利きだし』

『そんなこと気にするな。ちゃんと治してくれ』


 頬を撫でると照れたようにはにかむユキが、可愛くて仕方がなかった。

 髪は乱れドレスには血が飛んだままでも、彼女は可愛くて、綺麗だった。

 先ほど暗殺者を仕留めたとはとても思えないほど。








『よく俺を守ってくれた。ありがとう。ユキ』








 ジョットに笑顔で礼を言われて、ユキは目を瞬かせた後ふわりと微笑み返す。

 抱きしめたい衝動に駆られたが、怪我に障るのではないかと思うと実行するのは躊躇われた。

 代わりに無事な左手をとって、ぎゅっと握る。

 すると開きっ放しのドアをノックする音と共にGが顔を覘かせる。


『プリーモ。キャバッローネがお前に会いたいってよ。話があるそうだ』

『わかった。ユキはもう少し休んでいろ。迎えにくるから、皆で帰ろう』

『はい、ボス』


 良い返事に軽く頷いて、ジョットはGが差し出した上着に袖を通しネクタイを締める。

 医務室を出るころには、ボンゴレ最強のボスは完全に復活していた。