恋物語パーティ編 | ナノ


シグナルレッド ブラスト ア ウィンド 2







 それは今考えてみれば一瞬すぎるほど一瞬の出来事だった。

 彼には殺気が無かった。気配もなかった。

 ユキにはどちらにも敏感な方ではなかったが、少なくともそういうものに敏感なはずのジョットを含む周りが誰一人として気づいていなかったのだから。

 ただ彼は、不自然なほどすっぽりとユキの視界に飛び込んできたのだ。



 最初は顔もわからないほど遠くだった。

 ゆっくりと、だがまっすぐにこちらに向かって歩いてくる人影。こんなに人が多いのに、彼は誰にもぶつからない。

 誰もが彼を認識できていなかった。きっとユキ以外は。横にいるジョットでさえも。

 キャバッローネとジョットが話しているのを聞きながら、ユキはなぜかその男から眼が離せなかった。

 ジョットが原因不明の不調を抱えていなければ、ユキの小さな不安と動揺に彼は気づいただろう。

 顔がわかるまで近づいてきても、男の印象はよくわからなかった。

 優しそうであったかもしれないし、恐怖を覚えるほど強面だったかもしれない。

 まっすぐこちらへ向かいながら、男が袖から取り出したものを見てユキは目を見開いた。




 ぎらりと光るナイフだった。




 こんなにもあからさまなのに何故誰も気づかないのか、ユキにそれを考える余裕はなかった。

 ナイフを手に近づいてくる影。その存在に呑まれたかのように声が出ない。

 男はユキと目を合わせ、ふっと微笑んだ。

 その瞬間ユキは悟った。

 この男はわざと自分の存在を教えている。


 静かに微笑みながら、男はちらりと視線を横に動かす。





 ユキの隣。ユキのパートナー。ユキのボス。ユキの…。







 男の狙いは…ジョットだった。








 再び視線をユキに戻した男が再度微笑み、ナイフを握り締めた瞬間、ユキの頭は真っ白になった。





* * *





 キャバッローネセコーンドにジョットを殺すつもりはなかった。

 己が最も信頼する暗殺者を使い、パートナーである女の目の前で手傷を負わせる計画だった。

 暗殺者には気配も殺気も出さず、人の目にも映らぬよう動くよう命じた。実際それができる、ボンゴレにも知られていない暗殺者を彼は手駒として所持していた。

 気配も出さず、殺気も出さない。

 ただ、己の行動の一部始終を、ボンゴレプリーモのパートナー・ユキという娘にだけ見せるよう指示した。

 ユキだけの視界に入り、これからプリーモを刺すのだと彼女にわからせる。

 それが今回の計画。このためにだけに開かれたパーティの、キャバッローネセコーンドが己の最後の仕事と決めた計画であった。



 目の前に自分を守ってくれる存在のはずのプリーモが刺されれば、彼女は怯え、マフィアの世界を拒絶するだろう。己の身の危険を感じ取り、プリーモから離れるだろう。

 そしてプリーモも、唯一自分の危険を知らされた彼女が何もできずにいると知ったら、彼女のマフィアのボスの女として資質を疑うだろう。

 ボンゴレのボスとして、自分が傍に置く者について考えを改めるだろう。

 プリーモの勘の良さを考えて、念のためアレーナに頼んで睡眠薬に近い毒入りの酒を飲ませた。

 大袈裟だと言われようが、キャバッローネセコーンドは真剣だった。





 ボンゴレプリーモには、微かな埃も近づかせない。





 彼がボスとして完璧でなくては、ボンゴレも同盟ファミリーも傾いてしまう。

 キャバッローネのボスとして、ボンゴレプリーモの友人として、彼は決断した。








 プリーモのパートナーに、何かができるなど全く思っていなかった。