マリンブルー ピットフォール 2
予想外の言葉にGはぴくりと眉を寄せる。
キャバッローネの視線は再びユキと踊ろうとしているジョットと、今度は自分がと言っているらしいD、そしてユキへと注がれている。
『雨月殿と同じGiapponeseと聞いていたが、美しくイタリア語も流暢。部下から聞いたがプリーモの妻の座を狙う女性達と相対しても特に動じた様子はないという。だが…』
再びGに視線を戻し、キャバッローネのボスははっきりと言った。
『マフィアの女としての資質を持たぬ者は、プリーモとって害でしかない』
『プリーモの前では絶対言わなさそうなセリフだな』
皮肉と取られるのもかまわずGは言う。
この男はジョットを高く買っている。
度々ジョットを自宅へ呼び、ジョットの要請には可能な限り応じている。それがどんな無茶なことでも。
すると、くすくす笑う声が聞こえ、Gとキャバッローネは一斉にそちらを向く。
まっすぐな黒髪に濃い青の瞳、左目の下にはオレンジ色の五弁花のマーク。そして瞳と同じ海の色のドレスを着た女が立っていた。
彼女は口元に手をあててくすくす笑いながら、Gとキャバッローネのもとへ歩み寄る。
Gは強張った肩の力を抜いて、女の方に体を向ける。
『アレーナ…』
『わかるでしょうGさん。この方はジョットさんの怒りを買うのが怖いの。だから幼馴染で右腕…だけど現実主義でもある貴方から先に説得したいのよ』
アレーナはそういってにっこりと微笑んでみせる。
彼女の登場にキャバッローネは憮然とした表情を浮かべて右手を差し出した。
『君が来ていることを忘れていたよ。だがジッリョネロのボスが立ち聞きとはいかがなものかな』
差し出された手を取ってキャバッローネと握手を交わすと、アレーナは続いてGに手を差し出す。
柔らかい手を取ると、彼女が言った言葉が胸にすとんと落ち着いた。彼女も、ユキのことをキャバッローネから聞かされていたのか。
ジッリョネロとは持ちつ持たれつな付き合いだが、同盟ファミリーではない。
彼女からしたらジョットが女に人生を左右されるかもしれないなどということはパーティの余興程度にしか思えないのだろう。
『俺もプリーモと同じで、意見は聞くが最終的には自分で決める。そして俺は今のところプリーモの今日のパートナーには何の不満もない』
きっぱりと告げると、キャバッローネは苦い顔をしたが、アレーナはにっこりと微笑んでGに琥珀色の液体が入ったグラスを差し出した。
『これをジョットさんに。貴方の望んだパートナーとの素晴らしい夜を、と伝えてくださる?』
邪気の無い笑顔で渡されたグラスを、Gは薄く笑みを浮かべて受け取った。
自分達守護者以外で(一部どう思っているかわからないが)ジョットとユキが今日のパーティを楽しむことを望んでくれる者がいたことが、単純に嬉しかった。
2人に軽く会釈して、Gはまたダンスの相手を奪われたらしい(今度は雨月だ)幼馴染のもとへと向かう。
ジョットに激励の一杯を渡し、今度は自分がユキと踊ってやるために。
* * *
『高くつきますよ。私にあんな真似をさせて』
少女のようなアレーナの微笑みを向けられて、キャバッローネは苦い顔でグラスを片手にジョットのもとへ行くGの背中を見つめた。
『ジョットさんが彼女に本気だとしたら、貴方は彼を敵に回すことになります』
『わかっているとも』
アレーナの海のような瞳は、不安そうにキャバッローネに向けられていた。
Gはキャバッローネが本気でジョットを敵に回すはずがないと、ちゃんと思ってくれただろうか。
『ボンゴレを敵に回したとしても、彼からあの娘を引き離さなくてはならない』
ふわりとした風のような笑顔の、琥珀色のドレスの娘をキャバッローネは眉を寄せて見つめる。
美しい娘だ。きっと礼儀正しく、性格も良いのだろう。
だが、ただ美しいだけの、何の覚悟もない娘にボンゴレのボスの傍にいてもらっては困る。
それは今後のボンゴレのため、そして同盟ファミリーのため、彼はこの計画を実行に移す。
プリーモは頭の良い男だ。
すぐにはわからなくても、いつかは理解してくれる。
今日のことで自分がプリーモの怒りを買い処刑されたとしても、息子にボスの座を譲りキャバッローネへの被害が最小限で済むよう手は打ってある。
キャバッローネ2代目ボスの、その覚悟を見たからこそアレーナはGにグラスを渡した。
煌びやかな宴に、一滴の罠を…。
(よぉプリーモ。次は俺がユキと踊るぜ)
(勘弁してくれ…。俺だってまだ1回しか踊ってないんだぞ)
(いろんな相手と踊るのが普通だろ)
(俺はユキ以外と踊る気はない)
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