恋物語忠誠編 | ナノ


ヘリオトロープ セルフ ディセプション 1




ヘリオトロープ セルフ ディセプション








 アラウディはジョットの部屋の壁に凭れ掛かり、何をするでもなく立っていた。


 今この部屋には守護者が全員揃っているが、持ち主であるジョットはいない。

 彼は今ボス専用の浴室に、身を清めに行っている。





 2時間前、街に出かけたはずのジョットとユキが戻ってきた。

 Gが出迎え、たまたま玄関近くにいたアラウディもその様子を目撃した。


 ジョットは能面のような無表情。そしてその後ろを重い足取りで歩いてきたユキは頬が腫れ、腕に怪我を負い、顔色は紙のように白かった。

 アラウディは表情に出さなかったが、Gは驚いてジョットとユキを問い詰めた。

 しかしジョットが軽く手を振るとユキは無言で自室に戻り、ジョットが発したのは質問の答えではなく『ユキは一週間謹慎とする』ということだけだった。

 只ならぬ幼馴染の様子にGは重ねて何があったのか質問したが、ジョットは自分が戻るまで誰もユキに近づくなと言い置いて、1人で屋敷から出て行った。










 その1時間後、ヴォルパイヤファミリーを殲滅して戻ってきた。











『幸いヴォルパイヤはいろんなファミリーに喧嘩を売ってたからな。潰したところで文句を言う奴はいない。…おい、いつまでシケた面してるつもりだ。ユキのことはお前の所為じゃねぇ』

『しかし…私がきちんとマフィアについて教えていれば、ユキをあんなことには…』

『甘やかした結果だよ』


 表情を歪める雨月を一瞥して告げると、Gと雨月が顔を上げてアラウディを見る。


『いつまでも平和ボケしていたユキも馬鹿だけど、それを正してやるのが教育係を買って出た君の仕事だったんじゃないのかい?』

『…返す言葉もない』


 雨月が唇を噛んで俯く。

 アラウディは無言で自室へと向かうユキの姿を思い浮かべた。

 マホガニーのような茶色の目は暗く、何も映していないかのように曇っていた。





(やはり、僕が持って帰るべきだった)





 ユキは、笑顔で林檎を剥いている方が似合っている。










『ヌフッ。では私はユキの手当てをしに行ってきますよ』


 突然のDの宣言に、Gが思わずソファから腰を浮かせる。


『待て。それは俺が行く』

『おや。ヴォルパイヤファミリーを潰したことについての報告は如何するつもりです?すでにいくつかの同盟ファミリーから問い合わせがきているのでしょう?』


 貴方がそれをやらないでどうしますと言われ、Gは舌打ちして医療道具のある場所を教えた。

 アラウディは自分の前を通り過ぎようとするDをじっと見据えた。


『何をするつもりだい?』


 アラウディの碧眼と、Dの片方だけスペードのマークが浮かぶ瞳がお互いを映す。


『手当てをしに行くだけですよ。彼女に渡す物もありますし』

『渡す物?』

『えぇ。くだらない話からの産物です』


 思ってもみない言葉にアラウディの眉がぴくりと動いたのを見て、Dは大げさに肩を竦めて見せる。


『心配する必要はありませんよ。ユキは馬鹿で甘いですが、幸か不幸か愚か者ではない。このくらいじゃ潰れませんよ』


 そう言ってDが部屋を出ていくと、アラウディは残った守護者達の視線を受けながら腕を組み直して目を伏せる。





 幸か不幸か。











 愚か者だった方が、むしろ良かったかもしれない。