セピア イグノアランス 1
セピア イグノアランス
Dの言葉は鋭い針のようだった。
彼の笑顔に隠されて、深く奥まで刺さってから、叫びたくなるような痛みを呼ぶ。
『事の次第はプリーモから聞きました』
笑みを絶やさないまま、Dはユキの頬を滑るように撫でる。
冷たいタオルで冷やされた頬の上を滑る指はほんのりあたたかく、触れられたところが少しだけぴりぴりと痛む。
Dのもう片方の手の中にある、潰れた苺をぼんやりと見る。
甘い思考の持ち主だと、Dは言った。
この、チョコレートを纏った苺のように、甘いと。
ユキが見ていることに気付いたのか、Dは静かに苺を口へ運ぶ。
手の中を流れる果汁が、舌によって舐めとられていく。
『ボンゴレの管轄外の場所に足を踏み入れ、マフィアに金を奪われそうになった男を助けようとした…でしたっけ?』
Dはそこで心底おかしそうにくつくつと笑う。
自分がしようとした行為が馬鹿げたものであるかのような言われように、ユキは思わず口を開いた。
『私はっ、あの人を助けたかった!』
『貴女は人を助けるほどの能力を持っていたのですか?』
間髪入れずに返されて、ユキは言葉を失った。
人を助ける能力。
それは、助けたいという気持ちだけでは足りないのだろうか。
何も言うことができないでいるユキに、Dは呆れたように首を振って見せる。
『人を助けたいと考えるのは立派なことかもしれませんが、必ず助けられるという確証もなしに突っ込んでいくことは、考えなしと言われても仕方ないでしょう』
それは尤もな意見だ。
だが、困っていたり危険な目に遭いそうになっている人を前にして、確証などということを考えていられるのだろうか。
そんなユキの様子を察したのかDは『もっとわかりやすい話をしましょうか』と微笑む。
『貴女が男を助けて自分も逃げ切れたとしましょう。 そうしたら貴女が対峙したというマフィアの男達は貴女を捜そうとするでしょうね。 貴女が助けようとした男を捜して貴女の居所を吐かせようとするかもしれない』
さっと血の気が引いたユキに気づかない様子で、Dは話を続ける。
『貴女のような日本人女性は珍しいですからね。 貴女が今日訪れた店全てに襲撃をかけて店の人々に拷問でもかけるかもしれません。 ヴォルパイヤファミリーと名乗っていたそうじゃないですか。あそこはまだ若い組織で統制がまともにとれていない。 ボンゴレの管轄の街だろうが知ったことではないでしょうね』
なんでもないことのように述べるDの言葉は、死刑宣告のようにユキの心を冷たい場所に突き落とした。
今日訪れた店の人々。
そしてジョットと声を上げて笑いあうレナータと、いつも自分によくしてくれるアレッシオの顔が浮かんだ。
『そんな…そこまですることじゃ…』
『いつまで平和な世界の住民でいるつもりです?』
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