恋物語忠誠編 | ナノ


ウイスタリア ミステイク 1



ウイスタリア ミステイク








 ユキがレナータの店を出て行くのを、ジョットは心配そうな面持ちで見送った。

 1人で日用品を買いに行きたいと言ってジョットの同行を断ったのだ。

 ドアにつけられたベルが鳴り止んでもまだ後ろを向いたままのジョットに、レナータが明るい声を出す。


『そんな顔するんじゃないよボス。女には男に見られたくない買い物があるのさ。店も近いし、すぐ帰ってくるよ』

『おおいレナータ、明日の分の肉が全然捌けてな……こ、こりゃあボス!いらしてたんですかい!』


 勝手口から入ってきたらしいアレッシオに、ジョットは笑顔を向けた。





 嫌な予感がするのは、きっと自分が心配しすぎているからだろう。





* * *





『よしっ。これで全部』


 買い物袋を抱え上げたユキは店番の少女に礼を言って外に出る。

 レナータが教えてくれたのは彼女の店の裏にある通りの日用品・雑貨屋だった。

 ジョットの前では買いづらいものもあったので、1人で来られて安堵する。

 雑貨屋の隣は潰れたらしい無人の花屋だった。

 この花屋がこの通りでいうところのレナータの肉屋と同じ位置にあると気づいたユキは、この先がボンゴレの管轄外か、と様子を伺うように通りを眺める。

 ボンゴレの管轄エリアより、立ち並ぶ店は古く汚い。

 人もまばらで、活気は感じられなかった。


『ひぃっ! か、勘弁してくれよぉっ!』


 すると、数軒先のバールのような建物から転がるように男が飛び出してきた。

 着古した作業着を着た30代と思しき男がふらつく足を必死で動かそうとしていると、バールからスーツ姿の男が2人、作業着の男を追うように出てきた。

 スーツの男2人組はマフィアとチンピラの間のような風貌だった。派手な色のシャツはくたびれているし、ネクタイは締めずに首にかけただけだ。

 どうみてもボンゴレとは思えないその2人は、作業着の男を無理矢理立たせて路地に引っ張っていく。

 ユキは慌てて周りを見渡したが、ぽつぽつと通りを歩いている人は、見て見ぬふりを決め込んでいる。



 その場に買い物袋を置いたユキは、作業着の男が連れ込まれた路地に向かって足を進める。

 じりじりと近づくと、作業着の男と思われる声が聞こえてきた。


『は、払えるわけないだろう!エスプレッソ1杯70万リラなんて!』

『値段を確かめなかったお前が悪いんだよ。あのバールは俺達ヴォルパイヤファミリーの店だからなぁ』


 男の悲痛な叫びは下卑た笑い声にかき消される。

 路地の様子を窺うと、マフィアの男の1人が作業着の男から持っていた封筒を奪おうとしていた。


『それにエスプレッソ2杯をお前が持ってる40万リラでチャラにしてやろうってんだ』


 すでに何発か殴られたらしい作業着の男は、腫れた顔を痛みに歪ませながらも封筒を離すまいとしていた。


『やめてくれ!やっと仕事にありつけて、やっと給料が出たんだ!これを持って家族のところに帰らなきゃ野たれ死んじまう!』

『知るかよんなこと!とっとと離しやがれ!』


 顔をもう一発殴られ、作業着の男の体がぐらりと傾ぐ。

 その隙をついて、マフィアの男は金の入った封筒をむしり取った。



『やめてくれ!その金は家族に渡すんだ!!』



 その悲鳴のような叫びを聞いた瞬間、ユキは視界が真っ暗になった。