恋物語忠誠編 | ナノ


エクリュ ペトゥル 1


エクリュ ペトゥル







 ボンゴレの紋章のついた馬車に乗ってやってきたのは、店が立ち並ぶ賑やかな街。

 未だ発展途上のこの街は、高級そうな洒落た店があるかと思えば、庶民的なパン屋や肉屋などもある。

 ユキは馬車を降りてからずっと、きらきらした目で街を見回している。

 本人は気にしていないと言っていたが、買い物にくらいもっと早く連れ出してやるべきだったとジョットは後悔した。

 だが楽しそうにきょろきょろしているユキを見ていると、微笑ましくなってつい口元が緩んでしまう。


『いくぞ、ユキ。ここはボンゴレが取り締まっている領域だが、俺から離れるなよ』


 にっこり笑って頷くユキの腰に、触れるか触れないかの距離で手を添えてジョットは歩き出す。










 この距離が、まさに自分とユキとの距離を表しているように、彼には思えた。





* * *





『お前に給金が出てるなんて知らなかったぞ。なんで雇い主である俺が知らないんだ』


 5軒目の店を出たところで、まだぶつぶつ言っているジョットにユキは困ったような笑顔を向ける。

 ユキが抱えている包みには、家事をするための動きやすい服と靴、そして裁縫道具と新しい肉切り包丁が入っている。

 それほど高い買い物ではないが、ジョットは包丁以外をユキが自分で払ってしまったことが面白くないらしい。

 給金の話はジョットに正式に雇ってもらった後、Gと決めたものだ。

 衣食住が完全に保障されているので小遣い程度の給金だから、忙しいジョットに報告するようなことではなかったのだろう。

 本当は包丁も自分で買うつもりだったが、ジョットに押し切られる形で買ってもらったのだ。

 給金を出してもらっているのに、さらに何か買ってもらうなど申し訳ないとユキは言ったのだが、だったら自分の給金では仕事と関係ないものを買ってくれと言い返されてしまった。


『だって仕事には着られないような綺麗な服はクロゼットにたくさんあるんだもの』


 ボンゴレ屋敷で自分の部屋と共に与えられたクロゼットにはたくさんの服が用意されていたが、どれも高価なものでとても雑用仕事に着られるようなものはなかった。

 今日は外出ということで、クロゼットの中から薄い紫色のワンピースを選んで着用した。

 ちゃんとしたおしゃれはとても久しぶりで緊張したが、ジョットはよく似合うと褒めてくれた。


『ユキに似合うと思って用意したんだ。もっと頻繁に着てくれないと寂しいぞ。俺が』


 そう言ってわざと口をへの字に曲げて見せるジョットに、思わず噴き出してしまう。

 昨日から、ジョットはいつもと違う姿を見せてくれる。

 仕事中や部下と話している時のジョットはマフィアのボスの顔。守護者達が傍にいる時は少しくだけて、穏やかな表情になる。



 だが、今見せてくれている顔はそのどれとも違うように思えた。



 くすくす笑うユキに、ジョットはわざとらしく肩を竦めてから足を止める。


『あの店に行くぞ』


 そう言ってジョットが指したのは、他に比べて古い作りの肉屋だった。

 なぜ肉屋に?と首を傾げるユキに、ジョットはにっと笑って見せる。


『お前も世話になってるから、ちゃんと挨拶しなきゃな。あぁそれと、特に境界線はないがこの店から先はボンゴレの管轄外だ。他の通りもそうだから、危ないから入るなよ』


 軽く眉を寄せるジョットに頷いて見せ、ユキは肉屋に向けて足を進める。










 管轄外と言われたからかもしれないが、肉屋から先の風景はどこか陰鬱に見えた。










←