恋物語忠誠編 | ナノ


サンシャインイエロー エマージェンス 3








 ドアを開こうと、ジョットはノブに手をかけた。

 その時…





『……いたいの』

『! ユキ…?』


 微かに耳に届いた言葉に、ジョットはうわずった声を上げる。





 聞き間違えかもしれない。

 だが、今ユキは…。





『ここに、いたいの…。ボンゴレに、いたい。…ジョットの…皆の、傍に、いたいのっ…』


 切れ切れの言葉は、切なくも強い響きでジョットに届いた。

 ユキが、上手く続かない呼吸を繰り返しながら、自分の名前を呼ぶのを、ジョットは聞いた。





『ジョット…ごめんっ、なさい。私…もっと、真面目な、言葉、で伝えたいの、に…。

 もうっ、これしか…出て、こないっ……』









《ここにいたい》










 ああ、もう…ダメだ。










 思い切りノブを引くと、流れ落ちる涙を拭うユキの顔が目の前にあった。





 やっぱり、泣いてる。

 そう思うと同時に、ジョットはユキを抱きしめていた。

 びくりと震える細い体と、シャツの胸のあたりにあたたかい涙がしみ込んでいくのを感じる。





『今のお前には、これが精一杯なんだな…』





 落ち着かせるために背中を撫でながら問うと、こくんと一つ、ユキは頷いた。







『充分だ。お前にボンゴレの全てを教える。どんな血生臭いことでも、お前に隠したりしない。

 たとえお前が全てを受け止めきれなくても、ボンゴレの業に狂ってしまっても、見捨てたりしない。

 ずっと、一生…守ってやるから』

『うん。信じてる。私のボスは大空だもんね』





 ねぇ、見て。と促されて体を離すと、ジョットはユキの格好を見て目を瞬かせた。

 服装を見る間もなく抱きしめたので気付かなかったが、ユキはスーツを着ていた。

 細身の黒のパンツスーツに、スカーフをネクタイのように結んでいる。ボンゴレの…マフィアの正装だ。


『アレッシオさんに用意してもらったんだ。合わないところは自分で直したの』


 涙の痕が残っているが、照れくさそうに笑うユキにそのスーツはよく似合っていた。



 ユキはきゅっと口を引き結ぶと、すっとその場に跪いた。





 切なくなるほど、綺麗な動きだった。





『忠誠を誓います。ジョット。…いえ、ボンゴレプリーモ。 救ってもらったこの命と、貴方達から受けた優しさに報いるために』





 覚悟とは、こういうものだとジョットは思った。



 自分の未熟さを、弱さを認め、それでも今の自分の精一杯の気持ちを伝え、自分の目の前に跪く彼女。





 完敗だな。





 ほとんど無意識のうちに差し出した手の甲に、ユキの唇が触れる。



 軽く触れただけなのに、火傷したかのような熱さを感じた。





『ユキ。お前の覚悟…しかと受け取った』





 顔を上げたユキは、ジョットを見上げてふわりと微笑んだ。

 ジョットが笑顔を返すと、安心したように息を吐いた後、ぐらりと前に倒れこんだ。


『お、おいユキ!』

『ごめ、なさい…ジョット。 ね…ねむい……』


 力のない笑顔を浮かべるユキの目の下には、近づいてよく見ないとわからないが、うっすら隈が浮かんでいた。

 きっと自分と同じ理由で眠れなかったのだろう。

 今日この日を迎えることが、どれほどの緊張感を呼んだか…思い出すだけで胃が痛くなりそうだ。

 ジョットは呆れたように微笑んで、ユキを抱き上げる。


『仕事も勉強も明日からだな。今日はゆっくり休め』


 すでに眠りに落ちているユキにそう囁いて、自分のベッドへ彼女を運ぶ。










 ジョットとユキの、人生最大のXデーは終わった。










(良い夢を)







next ヘブンリーブルー デルフィニウム レディ