サンシャインイエロー エマージェンス 2
『ありがとう。ここでいいよ』
『そうか…。じゃあ、俺は行くぜ』
『うん』
たまたまドア近くの本棚の前に立っていたジョットは、少しだけ開いたドアの隙間から聞こえてきた声に動きを止めた。
Gと、ユキの声だった。
一週間が経ち、ユキがジョットに会いにやってきたのだ。
このXデーを、ジョットは渦巻く気持ちを抑えながら待っていた。
来なければいいとも思った。
だが、早くユキに会いたいという思いも強かった。
ついに、この日が来たか。
『ジョット。私…ユキ』
ジョットが部屋の奥にいると思ったのだろう。少し大きめのノックの音。
少しだけ強張っているように聞こえる声。
『ああ。今開ける』
ジョットの声が思いのほか近くに聞こえたからだろう。驚いたように息を呑んだ音がドア越しに聞こえる。
『待って開けないで!』
ジョットがドアに触れるか触れないかのタイミングで、慌てたようにユキが言う。
宙に浮いた手を下ろすと、ドア越しにユキの静かな息遣いを感じた。
ユキの顔が見たいと思うと同時に、自分の顔を見られたくないという気持ちもある。
『このまま、話していいかな?』
『…ああ。お前が、そうしたいのなら』
ほっとしたようにユキが息を吐く。
今、どんな顔をしているんだろう。
開けないと言ったばかりなのに、自分とユキを隔てている木の板を外してしまいたくなる。
『えっと、まず……馬鹿でごめんなさい』
思っても見なかった始まりに、ジョットは少し驚いた。
だが、自分が彼女の頬を張った時に言った言葉を思い出して苦い気持ちになる。
『私はこの世界に来て、自分がどれほど強運で、恵まれているか理解してるつもりだった。街でジョットに言った言葉は本心だよ』
重ねられた柔らかい手を思い出す。
拾ってもらえてよかったと言ってくれた、あたたかいユキの笑顔。
『でも私はボンゴレの…マフィアのことを何も理解していなかったんだよね。何も知らないで、平和ボケした甘い考えで勝手な行動をとって…ジョットに、ううん、ボンゴレに迷惑をかけるところだった』
『それは…』
ジョットは口を開きかけた。
ユキが何も知らなかったのは、自分達がマフィアの血生臭い部分を何も教えなかったからだ。
元は自警団だからと、自分達の業をオブラートに包んで、ユキから遠ざけた。
平和な世界から来たユキが、教えられたことを額面通りに受け取ってしまったのは仕方のないことだ。
そう言おうとした時、ユキが遮るように長く長く息を吐いた。
『……私、皆の優しさに甘えてること、心の奥できっとわかってた。 皆がマフィアとして任務から戻ってきた時、服がひどく汚れたり、汚れてなくても血のような臭いをさせて帰ってきたりしても…それに気付かないふりをしてたの。 ほんと馬鹿だよね。 役に立ちたいって思って頑張ってきたつもりでいたのに…都合の悪いことは見ないようにしてたなんて』
自嘲するユキの、苦い笑みが目に浮かぶようだった。
『ボンゴレがマフィアで、それがまっさらで綺麗な世界じゃないことを頭では理解していても、全てを受け入れるには時間がかかるかもしれない。
でも、私はボンゴレのトップがどんな人達か知ってる。【守りたいもの】があるからこそのボンゴレだってわかってるから。だから私も…本当の意味でボンゴレになりたい』
その言葉を、ジョットは信じられない気持ちで聞いていた。
『もう甘えたりしない。自分の目を見開いて、全てをしっかり見るから…だから……』
嗚咽が混じる声。
ドア越しに立つユキは、泣いているのだろうか。
← →
|