ヘリオトロープ セルフ ディセプション 2
(血の臭いが、消えない…)
ジョットはもう小一時間以上、シャワーから降り注ぐ湯に打たれていた。
熱い湯のはずなのに打たれれば打たれるほど心が冷えていく。
髪にべっとりとこびりついていた血も全て流れ、ジョットの金髪は美しく輝いている。しかし鉄臭い死臭は未だ纏わりついている気がして、ジョットはきつく目を閉じた。
目を閉じて、すぐに閉じなければ良かったと後悔する。
瞼の裏には、先ほど殲滅したヴォルパイヤファミリーの奴らの様々な死に顔が未だ焼きついている。
ジョットは初めて、Gにも告げることなく独断で1つのファミリーを潰した。
ヴォルパイヤは潰すべきファミリーだった。
同盟ファミリーともあちこちで小競り合いを起こしてきたし、ボンゴレの管轄の街でも統制のとれていない下っ端が大きな顔をして出歩いていた。
潰したところで問題はない。
むしろ、他の敵ファミリーにとって見せしめになると思った。
『違う…』
ぽつりと呟いて、ジョットは浴槽の中にしゃがみ込んだ。
頭をがしがしと掻くと、水滴が飛び散る。
『ユキのために、やったんだ…』
食いしばった歯の間から、言葉が零れ落ちる。
『潰すべきファミリーだとか、同盟ファミリーへの利だとか、考えていなかった。ボンゴレ管轄の街のためなんて、露ほども思わなかった…』
彼女に怪我をさせた男に、彼女を下卑た目で見た男達に制裁を。
最初はそれだけのつもりだった。
だが、バールから隠れて様子を窺っていたヴォルパイヤの仲間が、ジョットが2人の男を倒したのを見て逃げ出した。
顔を、覚えられなかった。
『それだけだ』
ユキの存在がヴォルパイヤに広まる前に、消した。
ファミリーごと、消したんだ。
『G。俺は…どこから間違えた……?』
浴室のドアに凭れ掛かるように立っていた右腕に、ジョットは頼りない笑顔を向ける。
流れ落ちる湯の所為で、泣き笑いのような顔に見えた。
ジョットの独白をずっと黙って聞いていたGは、静かに歩み寄ってシャワーを止め、バスタオルを濡れた金髪の上に落とす。
ボンゴレを含めた、マフィアが管理する街にユキを連れて行ったところか。
ユキを外出させようと思ったところか。
ユキをボンゴレとして雇ったところか。
ユキを、助けたところか。
それとも、出会ってしまったところか…。
『どこからも間違えちゃいねぇよ。お前は…否、俺達もそうだ。あいつに笑っていて欲しかっただけだったんだ』
全てを失ってこの世界にやってきたユキに、少しでも笑っていてほしかった。
『だが、それは間違いだったんだ』
ユキがこの世界に慣れてから。
元の世界へ帰れない辛さがもう少し癒えてから。
屋敷での仕事に慣れてから。
もっとイタリア語が上達してから。
そしたら、そしたら…。
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