恋物語忠誠編 | ナノ


セピア イグノアランス 2







 拷問なんて、と言いかけたユキを、Dはとびきりの笑顔で一蹴した。

 その言葉は、今までの中で一番深く、太い楔となって打ち込まれた。





 平和な世界。ユキの育った時代は戦争もなく、銃や刀なども持ち込むことの許されない、争いのない場所だ。

 あったとしても、ユキはそんな争いに関わったことなどなかった。





 じわりと目の奥が熱くなり、ユキは唇を噛みしめる。


『ユキ、貴女がいるのはマフィアの世界。マフィアに良識なんて求めてはいけない。貴女の甘い考えからくる行動が、マフィア間の抗争を巻き起こす可能性もある』


 それは本意ではないでしょう?と言われ、ユキは下を向くしかなかった。

 何か喋ると、泣いてしまいそうだった。

 自分が勝手な行動をとったから、ジョットは怒ったのだと思っていた。

 自分がボンゴレで働いているという、本当の意味をわかっていなかった。

 顎に手を添えられたかと思ったら、Dによって顔を上げさせられた。



 我慢していた涙が一筋零れる。



『貴女に全責任があるとは言いません。朝利 雨月はボンゴレと同盟ファミリーのことしか貴女に教えなかったのでしょう』


 確かにそうだった。

 雨月はボンゴレの成り立ちやどんな場所でどんなことをしているのか、そして同盟ファミリーの名前とその数などを教えてくれた。

 だが最近はイタリア語の勉強が優先になっていて、それを不満に思ったりもしなかった。





 それではいけなかったのだ。






『選択の時ですよ。ユキ』


 唇が触れ合いそうなくらい近い場所にDの顔があったが、ユキは涙が溜まって曇る視界でじっと彼を見つめ返した。


『危険な目に遭いたくないのなら、プリーモに迷惑をかけたくないのなら、自分をボンゴレと思わないでいればいい。屋敷から出ず、出たとしても厄介事には関わらずに。そうすれば、貴女の平和は保たれるでしょう』


 彼の言う《平和》とは自分が今まで《あたりまえ》だと思ってきたものだ。

 ジョットには失望されたかもしれないが、屋敷から極力出ず、ボンゴレの仕事に関わらないと言えば許してくれるかもしれない。

 追い出さずに、このまま働かせてくれるかもしれない。





『プリーモをボスではなく雇い主として考える。それで良いではありませんか』





 ボスではなく、雇い主。

 歌のように聞こえるDの言葉は、そうした方がジョットに迷惑をかけないのではないか、とユキを宥めているようだった。





 でも。








《お前は俺の…ボンゴレのものだ。ずっと、一生、守ってやるから、安心しろ》

《Si boss》







 それでも彼は、ボスなんです。










(この、どうしようもなく馬鹿な私にとっても)








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