カメリア シックリー センチメンタリティ 2
『渡すもの?』
『ええ。これです』
救急セットの後ろから、綺麗にラッピングされた箱が現れた。
こっくりとした茶色の箱に赤のリボンがかけられている。
Dに促されて箱を開けると、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。
『わぁ…』
思わず感嘆の声をこぼしたユキは、箱の中に目を奪われる。
そこには大ぶりの苺が並んでいた。しかもただの苺ではなく、艶やかなチョコレートでコーティングされている。
『気に入りましたか?』
Dに問われて、ユキははっと我に返る。
何を浮かれているんだ。謹慎を申し付けられたばかりなのに、反省していないのかとジョットに思われてしまう。
(でもD、私の好きなものを覚えててくれたんだ…)
そう考えると返すのは躊躇われ、ユキはDに笑みを向けつつ箱の蓋に手を掛けた。
『ありがとう。すごく嬉しい。後でいただくね』
『そんなこと言わずに食べて下さい。とても甘いですよ』
蓋を閉めようとしたユキの手を遮り、Dの長い指が苺を1つ摘まむ。
口元に苺を近づけられると、甘いチョコレートと苺のみずみずしい香りがした。
笑顔に押されるがままに苺を受け取って口に運ぶ。
一口齧ると、口の中いっぱいに甘さが広がった。濃厚なチョコレートと熟れた苺の甘さだ。
私には、少し甘すぎると感じるほど。
苺を飲み下して改めて礼を言うと、Dは笑みの形に目を細めた。
Dの手がタオルを押さえているユキの手に触れ、顔を上げると右目のスペードマークに自分の顔が映る。
妖艶な笑みを浮かべる美しい男の顔に、ユキの心臓はドキドキと鳴る。
しかし、普段のDに感じるドキドキと、違うものをユキは感じていた。
『プリーモも仕様のない男だ。馬鹿なことをしたものです』
薄い唇が開かれ、低い声で言葉が紡がれる。
唐突に、恐怖した。
怖い。
この笑顔が、とても怖い。
『貴女のような甘い思考の持ち主に、マフィアの覚悟を求めるなど』
その言葉に、全身を貫かれたような衝撃を感じた。
目を限界まで見開くユキに対し、Dはゆったりと微笑んだままだ。
『あまい…?』
Dが口にした単語が、自分の口から苦く零れた。
その言葉は、幸せな気持ちを呼ぶ、菓子などに使われる言葉のはずではないのか。
例えば…この……
『そう、貴女は甘い。この苺のように…ね』
ぐしゃり、と潰された苺は、ひび割れたチョコレートと交じり合い、Dの指を赤と茶色に染めた。
甘い蜜の滴る果実の様は、ジョットに頬を張られた自分のように、ユキには思えた。
(甘い、甘い、甘いのは…私の心?)
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