恋物語日常編 | ナノ


サックスブルー レイニー ナイト 1


サックスブルー レイニー ナイト








 夜中。

 大粒の雨が屋敷を叩く音を聴きながら、ユキは下ごしらえを終えた食材を冷蔵庫に入れ、本日の仕事を終えた。

 朝から降り続いた雨の影響で洗濯物は乾かず床掃除は進まずで、仕事が遅れてしまった。

 もう日付はとっくに変わっているだろうと思いながらも自室に戻る気が起きず、ユキは食堂の椅子に腰かけた。

 ボンゴレの屋敷は大きいので少し雨が降っただけでも室内の気温は下がり、 肌寒さを感じて手に息を吐く。



 何か飲み物でも作ろうと立ち上がりかけたユキは、玄関から聞こえる物音に気付いた。

 廊下へ続くドアを開けると、門衛の慌てた声がかすかに聞こえた。

 慌ててはいるが危険そうな気配は感じなかったので、ユキはランプを持って玄関へと向かう。


 灯りを消していた玄関には2人分の人影があった。

 1人は門衛の青年、そしてもう1人は…


『ジョット!』


 ユキは驚いてこの屋敷の持ち主の名前を呼ぶ。

 慌てて駆け寄ると、ジョットの体は乾いたところを探すのが難しいくらい全身ぐっしょりと濡れていた。

 水分を吸ってぺたりとした髪も、濡れている所為か金色が少し濃くなっている。

 ジョットはユキを見つけるとふわりと微笑んだ。


『ユキ。ただいま』

『お、おかえり。っじゃなくて!今日は泊りじゃなかったの?』


 同盟ファミリーであるキャバッローネファミリーのボスからの招待を受けて出かけていったはずだった。

 ジョットはふっと目を細めて顔に貼りついた前髪を払う。


『そのつもりだったんだが、飲んでいるうちに面倒な雰囲気になってきたからな。帰ることにしたんだ』


 口調ははっきりしているが、雨に濡れた割にジョットの顔はほんのり赤い。

 酒に強く、顔に出ないはずのジョットがこうなるほど飲まされたということなのだろうか。


『馬車がぬかるみにはまって動かせなくなったから、馬に乗って帰ってきたんだ。後はユキに頼むから、お前は馬車を頼む。人手が必要なはずだから、もう1人も連れて行け』


 前半はユキに、後半は門衛の青年に対して告げると、ジョットは体に纏わりつくマントを脱ごうとする。

 門衛が勢いよく返事をしてバケツをひっくり返したような大雨の中に飛び出して行くと、ユキは手が滑ってうまく脱げないらしいジョットを手伝った。





* * *





 なんとかマントを外し、ランドリールームにジョットを連れてきたユキは、馬を走らせた所為で酔いが回ったらしい彼を椅子に座らせた。


『すぐお湯沸かすから、体拭いて、服も脱いで!』


 大きめのタオルを投げるように渡すと、ユキは洗濯機と脱水機がある続き部屋に急ぎ、人が1人入れるほどの大きなたらいにお湯を張った。

 捨てる予定のカーテンをたらいの下に敷き、お湯の温度を確認した後ランドリールームに向かって声を張り上げた。


『ジョット、お湯の用意ができ…っきゃぁっ!!』


 何も考えずに声をかけたユキは、上半身裸のジョットが歩いてきたことに顔を真っ赤にした。

 濡れたスラックスを膝下まで捲り上げたジョットは髪が下りている所為もあるが少年のように見える。

 だが服の上からは細く見えるジョットの体にはしなやかな筋肉がついていて、大人の男の体だった。

 初めて会った日にこの腕に抱きあげられたことを思い出し、ますます顔が熱くなる。

 まだ髪からぽたぽたと落ちる滴を拭きながら、ジョットは湯気の立つお湯を見て嬉しそうに微笑んだ。


『気持ちよさそうだ。ユキも一緒に入るか?』

『〜〜〜〜〜〜ッ!!』


 悪戯っぽく「ん?」と首を傾げるジョットにユキは「遠慮します!」と叫んでランドリールームを飛び出した。





 ジョットがくすくす笑う声が聞こえない場所まで走っても、心臓が跳ねる音は煩く続いていた。