恋物語日常編 | ナノ


ストロベリー アンダンテ 1


ストロベリー アンダンテ








「Dはどうして幻術士になったの?」








 ボンゴレ屋敷には、一応図書室と呼ばれる部屋がある。

 だが仕事関連の書類を保管してある資料室とは別の、とりあえずいろいろな本を並べただけの部屋に、あまり人は寄り付かない。

 ボスも守護者も、読書に興味がないわけではないのだが、自室の本棚で事足りてしまうからだ。


 そんなわけで、一人で思索にふけるには絶好の場所だと重宝している図書室のドアに手をかけた時、Dは先客の存在に気付いた。

 ゆっくりドアを開けると、並んだ書棚の向こうに置かれたソファとテーブルが見える。

 その背の低いテーブルに向かって、一心に書き物をしている少女を見つけて、Dは薄く笑みを浮かべた。

 気配を消し、足音を立てずに近づけば、集中しているユキは気づくことなく本のページを繰っている。

 数冊の本を並べ、紙は8割の日本語と2割のイタリア語で埋められている。

 本のうち1冊は辞書らしく、慣れないイタリア語の本をなんとか読み進めようと格闘しているらしい。

 真剣な様子に、思わずくすっと笑いが漏れると、ユキがぱっと顔を上げた。

 Dと目が合うか合わないかのうちに、短く悲鳴を上げてソファに背をつけた。


「デ、D!? びっっくりしたぁ……」

「ヌフッ、申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが」


 驚かせるつもりで近づいたのだが、そんなことはもちろん口にしない。

 早鐘を打っているらしい胸を押さえているユキの隣に座り、テーブルに並べられた本を手に取る。


「料理の本に…医学書、ですか。献立に悩んでいるんですか?」

「えっ?…まぁ、そんなとこ。いろいろ勉強して、健康に良くてバランスのいいものを作れたらなって思ったから。食事で体を作るのが一番だしね」


 ボスが親日家なこともあり、屋敷には日本でよく食べる食材や調味料も揃っている。

 Dも含めた守護者全員、口に合えば料理の国籍は特に気にしないため、ユキは色々なものを作って食卓に並べていた。

 日本食だけでなく、イタリアンや中華も作ることができるユキに、一同驚きを隠せなかったが、ユキのいた時代ではそこまで珍しい能力ではないという。

 それを差し引いてもユキの家事能力は高いと思うのだが、この美しい日本人女性は自分の能力を高めることを怠ろうとしない。


『やはり貴女は私に相応しい…』

「え?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 思わず零れた呟きがイタリア語だったのは幸いだった。

 不思議そうな表情を浮かべるユキの髪を、Dはさらりと指で梳く。

 ユキはこうしたスキンシップをイタリアだから仕方ないと思っているようだが、少し恥ずかしいのかほんのり頬を染めて俯いた。

 顔に手を添えて自分の方へ向かせると、髪と同じ濃い茶色の瞳にDの顔が映る。


「ユキはいい子ですね、って言ったんですよ」


 形の良い耳に唇を寄せて、そう呟くと、女性らしい華奢な肩がびくっと震えた。

 その反応に笑みを濃くしたDの右目が妖しく光る。

 耳、頬、首筋と滑るように撫でていくと、顔を真っ赤にしたユキが目をきつく閉じた。


「いけませんよユキ。男の前で簡単に目を閉じては」

「――ッ!!」


 わざと音を立てて瞼にキスを落とすと、飛び上がるんじゃないかと思うくらい体が跳ねて、それがとても面白い。

 クスクスと笑うと、怒ったような顔を向けてきたので、降参するように両手を軽く上げる。


「そんな怖い顔しないで下さい。もう何もしませんから」

「当たり前です!」

「ヌフフッ、でもさっきの助言は守った方が良いですよ」

「助言…?」


 頭に入ってこなかったのか、先ほどの助言を忘れてしまっている様子に、Dは軽く肩を竦める。

 その後他愛ない会話を交わすうちに、ユキは突然何かを思いついたようにDに向き直る。






「Dはどうして幻術士になったの?」