コーヒー ラビット アゲイン 1
コーヒー ラビット アゲイン
「ユキ。僕は部屋で仕事するから、23時にコーヒーを持ってきて」
夕食後、食器を下げ終わったテーブルを拭いていたユキに、アラウディは声をかけた。
ジョットの許しを得て正式にボンゴレ屋敷の雑用となったというユキを、守護者達は歓迎した。
慣れない機械や道具を扱ったため普段の倍の時間がかかったという夕食も、珍しいものではあったが悪くない味だった。
人を使うことに遠慮がないアラウディに、当然であるかのようにあっさり言われたユキだったが、にっこり笑って了解の意を返した。
「23時から3分間しかドアは開けないから、遅れたら許さないよ」
えっ!?と驚くユキの顔を、笑みを浮かべて見やってアラウディは食堂を後にする。
自室へと続く階段を上がり廊下へ差し掛かったところで、アラウディは足を止め、口元に浮かんだままだった笑みを引っ込めた。
とても不愉快な気配を持つ男が、目の前に立っていた。
* * *
『そのいやらしい顔、なんとかならないのかい?』
心底嫌そうに言われた言葉に、D・スペードは窓ガラスに映った自分の笑みをさらに濃くしてみせた。
振り返ると、プラチナブロンドと青い目の、端正な造作を持つアラウディが、形の良い眉を寄せて自分を見ていた。
Dは「いやらしい」と言われたことを気にした様子もなく、下階に向かって耳を澄ませるしぐさをして見せた。
『良いではありませんか。美しい女性の声は、聴くだけで心癒されます』
食事が終わってから扉が開かれたままの食堂からは、ユキがGと共に後片付けをする声が聞こえてくる。
その声は高くもなく低くもなく、風の流れのようにするりと耳に入ってくる。
美しい云々の問題ではなく、ユキの声自体が耳に心地よいのだとアラウディは思った。
『彼女は私の元に欲しかったのですがねぇ。プリーモの超直感には困ったものです』
『超直感?』
聞き慣れない言葉にアラウディが一層眉を寄せる。
Dは腕を組み、窓ガラスに背中をつけ、寄りかかる。ぼんやりと灯る燭台の明かりに、右目のスペードのマークが照らされる。
『Gが揶揄して付けた、プリーモの持つ直感能力ですよ。どんな突拍子もない直感でも必ず良い方向に動くのだそうです』
何を言い出すのかと思えば、とアラウディは幻術士に向かって嘲笑を向けた。
『ハ。直感で何かを決めるなんてことはよくあることだし、それが良い方向に動いたかどうかは結果論じゃないのかい?ユキを自分の手元に置くことを直感で決めたことが、そんな大層なことだとは思えないね』
『まぁ、貴方や私に取られたくなかったから、という単純な理由ということも考えられますしね』
会議の際の、ユキを引き取るといったやり取りを思い出し、「あぁ」と呟く。
『僕もそう言ったね。君に渡すくらいなら自分のものにした方がいいって。誰でもそう考えるんじゃないかい?』
『ヌフフッ、それはアナタが私を嫌いだからでしょう?』
『嫌いなんてものじゃないよ。末代まで性格が合わないと思ってるだけ』
冗談のつもりはなかったのだが、Dはくっくっくと肩を震わせて笑っている。
これ以上相手をしていると仕事に障りが生じると判断したアラウディは、自室の方向へと足を進めた。
『超直感を持たずとも、彼女は手中に収めるべき女性だと、皆気づいているでしょう。だが【みんなのもの】にするつもりはありませんよ…』
ヌフフフフフ…という笑い声を背中で聞きながら、アラウディは心の中で毒づいた。
(変態が。君の思い通りにはさせないよ)
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