恋物語日常編 | ナノ


ストロベリー アンダンテ 2







 予想外の質問にDは面食らったが、すぐに困ったような笑顔を浮かべる。





 なぜ幻術士になったか。





 ユキは青春物語のワンシーンのように問うてきたが、きっかけなど記憶の彼方に追いやられてしまうほど、矮小なものだ。





 幻術というものを知った。

 自分にはそれを使う適性があり、使ってみた。

 使ってみたら意外と面白く、どんなことができるのか試してみた。

 幻術によって起こる事象、人の見るもの、聞こえるもの、そして心までをも操ることができる。

 それに魅力を感じた。

 幻術を使ってやってみたいことが増えたから、己の能力を高みへと引き上げた。



 もっと、もっと高く。



 会話の端々に幻術を織り交ぜることで、人の考えを読み、こちらの印象を曲げて考えは読ませない。

 もはや癖のようなもので、超直感を持つプリーモ相手でもたまにやってしまう。

 そうしているうちに、いつの間にか最高位の術士と呼べるほどの力をつけた。





 それだけのこと。





ユキは幻術の話を興味深そうに聞いていたが、幻術を用いて戦うということに関してはいまいちピンときていないようだ。

 戦いのない時代からやってきた、美しく弱く、哀れな女。

 ボンゴレにいることで、彼女がどんな風に変わってしまうのか、想像するだけで笑いが込み上げてくる。


 マフィアの世界に染まれば、彼女は今の彼女のままではいられなくなる。





「私は、苺とチョコレートが好きだな」





 ……?



 …………は?



「苺…ですか?」

「うん。それとチョコレート」

「失礼ですがユキ、突然どうしたのですか?」


 何を言い出すんだこの女は、とDは追いつかない思考を巡らせる。

 当のユキはあっけらかんとした表情で、笑っている。


「私の好きな食べ物。甘いものが大好きってわけじゃないんだけど、この2つは別格なんだ」

「は、はぁ…」

「っていうどうでもいい話なんだけど」

「は?」


 ますますわけがわからないDに対し、ユキはとても楽しそうだ。


「幻術使って考えを読んだり読ませなかったりって凄く肩凝りそうだなって思ったから、たまにはどうでもいい話をしたらいいのに」

「そ、そんなものですか?」


 どうでもいい話?。


 Dはユキの思考についていけず、戸惑うばかりだ。

 あまりにも別方向な考えに、いつもの笑顔を浮かべることも忘れてしまう。


「どうでもいい話というのが、好きな食べ物の話ということになるのですか?」

「いや、とりあえず言ってみただけだけど。相手の考えを読むまでもないような、くだらない話ってこと」

「…なるほど」


 顎に手をあてて考え始めてしまったDを、ユキは困ったような笑顔で 見ている。



 くだらない話…、なるほど、確かにくだらない。







 ユキがこの時代に現れてから、幾度となく心を探ってきたが、彼女はタイムトラベルについての情報は持っていない。

 平和な場所からやってきた彼女は、マフィアである自分にとって有益な情報は何も持っていないという結論に落ち着いた。

 だから彼女相手の会話には、幻術を使う必要はもうない。





「なるほど…ユキだけかもしれませんね…」










 私とくだらない話ができるのは。





* * *





 その日の夕食後、ユキが皿を下げてキッチンへ引っ込んでいる間に、Dが満面の笑顔で


『ユキの好きな食べ物はオレンジだそうです』


 と大嘘をついたことには誰も気づけなかった。










 その次の日、ボスと守護者各々から大量のオレンジを届けられて頭に?を浮かべるユキがいろんな場所で見受けられたとか。










(まぁ、それもくだらない話ですよね……ヌフフッ)







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