ホリゾンブルー オンリー フォルテ 1
ホリゾンブルー オンリー フォルテ
『止められると思うか? テオ』
呟きに近い声は、木の葉が揺れる音に紛れてしまいそうだったが、かろうじて耳に届いた。
問われたテオはおどけたように肩を竦め、樹上で完璧にバランスを取りながら目の前の光景を見つめた。
ボスと、守護者が勢ぞろいしている。そしてその道を塞ぐように立つ、一人の少年。テオは溜め息をついた。
『止められるか否かってことだったら止められますよ。俺とタノさんがいるんすから。ただ…』
言葉を切って、テオは再び少年に目を向けた。プラチナブロンドの髪と水のような碧眼の少年は、手に得物を持ちボスを迎え打たんばかりの構えを取っている。構成員達が只ならぬ様子に気づいて知らせてきたから駆けつけてみれば、いったい何をするつもりなのか。
『殺さずにってなると、ちょっと手間…つかお互い無傷じゃ済まないでしょ』
まっすぐボスを見据える少年を見て、テオは口の中で舌打ちする。ボンゴレ最強の守護者と同じ髪と瞳を持つファビオの経歴を思い出す。
ボンゴレの暗殺部隊で評価Sを与えられ、ボス直々に郵便係に任命された。ボンゴレの中でも並外れた戦闘力がないと不可能なこと。
唯一、少年の性格的なものである、味方に武器を向けられないという欠点も門外顧問機関に所属し、アラウディ直々に叩き直されたことで克服したらしい。
ファビオとボスの間には、びりびりとした空気が漂っている。これだけ離れていても感じる。痛いくらいだ。
冷や汗が頬を伝い、タノに気づかれないように拭う。まったく嫌になる。万全ではないとはいえボス相手にまったく引けを取らない殺気を放っているのが、まだ15歳の子どもだなんて。
『それでも、ボスに武器を向けてる以上、止めるしかないっす。ルティーニが大人しく捕まらないなら殺してでも。だって俺死にたくないっすから』
門外顧問によって鍛えなおされた少年の実力は、もはや精鋭に匹敵する。殺す気でやらないと殺される。なめてかかるとこちらが死ぬ。テオもタノも、それを理解していた。
『リナルド先輩、戻ってこないかなー…』
唯一ファビオを生かしたまま止められそうな人物は、精鋭の筆頭、化け物並みの戦闘能力の持ち主である彼しかいないが、基地に戻るにはまだ時間がかかるだろう。
思わず天を仰ぐ。
『もう嫌っすよーこんな役回り。あいつ殺したら大損害じゃないっすか』
『そう、だな…』
タノが頷く。ファビオは現在門外顧問の側近で、いずれボンゴレの風の側近となることがほぼ確定されている。
だがボスは立っているのもやっとの状態だと報告されている。万が一はないと思うが、一構成員であるファビオがボスにひとつの傷もつける前に止めなければならない。それが部下の仕事だ。
『戦闘が始まる瞬間を狙って飛び出す。お前はボスをお止めしろ。ルティーニは俺がやる』
『いいっすよ気を使ってくれなくても。俺の方が速いし、俺がルティーニをやります。手こずったら…頼みます』
奥歯を噛み締めるように笑って、テオは武器に手をかけた。
瞬間、ゆっくりと漂っていた殺気が膨れ上がり、精鋭二人はほとんど反射的に木を蹴った。体を隠していた木の葉を突き抜けると、ばさばさっと音が鳴る。
目標に到達する前に、二人は空中で目を見開いた。体を捻り、草原の上に着地する。
振り返ると、少年は地面に膝をついて崩れ落ち、重傷者とは思えないスピードでボスが走り去ったところだった。
* * *
彼女に憧れていた。
見たのはあれが初めてだった。美しい女性だった。正装姿のボスと並んでもまったく遜色ない、とても素敵な人だった。
柔らかな笑顔を浮かべた彼女が、一瞬で変わった瞬間。あのパーティでの出来事。
空中を血が舞い、琥珀色のドレスが揺れた。赤に濡れた銀色のナイフ。
自分を含め、会場には大勢のボンゴレの構成員がいた。警備要員として。
その誰もがその場から動けなかった。
ただ、魅せられていた。
『Mi dispiace…(ごめんなさい…)』
彼女がここにいることを不思議に思ったが、同時に嬉しかった。精鋭に名を連ねるほど昇進しなければ、目通りなんて叶わないと思っていたから。
高揚した。そして、油断した。
『なぜ…ユキ様……』
薄れゆく意識の中で、問いかけた。
なぜ、ひとりでここにいるのですか。
なぜ、そちらに行ってしまうのですか。
そこに誰がいるか、わかっているのですか。
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