恋物語カプリ島戦争終了〜それから編 | ナノ


チャイニーズレッド ティアーズ 1


チャイニーズレッド ティアーズ








 ところ変わってU基地ユニット。基地の近くの森に張られた天幕のひとつ。

 その中で、一人の女が暴れていた。


『御託はいいからさっさとユキに会わせなさいよ!』

『だから、ユキ様はここにはおられないと言っているだろう』


 波打つ金髪を振り乱し、目を三角にして詰め寄ってくるローザに、U隊の構成員は弱ったように眉を下げた。

 D隊により助け出されたローザ達は、ここU基地に移送され食事や着替えやらを済ませて、囚われの身からの解放を喜んでいた。

 だがボスがU基地に到着したという知らせが伝わった途端、口を揃えてユキに会わせろと叫びだしたのだ。

 ローザは腰に手をあてて構成員を睨みつける。


『どうしてよ? ユキはボンゴレのボスを助けに行ったのよ。そのボスがここにいて、どうしてユキがいないのよ!』

『ローザさん。落ち着いて』


 ビルボファミリーボスの娘・カルロッタが宥めるようにローザの腕に手を添える。

 ボンゴレから離反し、裏切り者となったビルボファミリーは現在ほとんど捕虜の身となっている。

 だがカルロッタと妹のルイゼッラは離反には関わっておらず、姉妹揃って売られかけたという事実とユキの懇願により被害者として女達と共に保護されていた。


『ですがユキ様がジョット様のお傍にいらっしゃらないのはどういうことですか? 無事助けることができたのなら、一緒におられるはず…』

『相っ変わらずっすねーカルロッタお嬢さん!』


 カルロッタの言葉を遮るように、明るい声が天幕内に響いた。

 入り口の布をばさりと払って現れた青年の姿に、カルロッタは目を見開いた。

 明るい茶髪と人懐っこそうなオリーブ色の瞳の、少年期を抜けたばかりという顔立ちの青年は、若いながらもボンゴレの精鋭の、さらに上の方に位置する人間だったため、構成員はその突然の登場に仰天した。


『テオ様! なぜこちらに?』


 慌てて膝をつく構成員に、テオはおどけたように手を振った。


『うちのG様が只今絶賛般若中でさー。怖いから部下の用事横取りして逃げてきた』


 にぱっ、と効果音がつきそうな笑顔を見せるテオに、構成員は困惑したようにはぁ…と頷いた。

 テオは笑顔のまま、未だ目を見開いたままのカルロッタと、訝しげに眉を寄せるローザの方に向き直る。

 細められたオリーブ色の瞳を見て、カルロッタとローザは体を強張らせた。数秒前まで全開の笑顔だったにもかかわらす、今のテオの目はまったく笑っていなかった。


『そこのいかにも商売女って感じのお姉さんと違って、あんたはマフィアのボスの娘でしょ?』


 テオは笑みの形に歪めた唇を動かして、すらすらとカルロッタに向かって次々と言葉を投げる。


『ボンゴレはー戦争してたの、わかってるでしょ? ボスを救出しただけじゃ戦争は終わらないの。
 ユキ様は戦争を終わらせるために走り回って、戦って、G様や俺の先輩が説得して今やっとお休みくださったんすよ』


 テオは言葉を切って、カルロッタに再度にっこり笑いかけた。

 無邪気で、残酷にすら見える笑顔。


『娘を、そういう考えに行き着かねぇような女に育てるような男がボスだから、ビルボはこうなったんじゃないっすか?』

『ッ!』

『っあんた!』


 肩を押されたかのようにふらりと後ろに一歩下がったカルロッタの腕を掴み、ローザがきっとテオを睨む。

 テオはにこにことしたままカルロッタの顔を覗き込む。


『あんたの父親は言わずもがな、母親やあんたがもっと周囲に目を配れば、ファミリーを乗っ取られるなんて恥辱を受けることはなかった。…それをもう少し後悔した方がいいんじゃないの?』

『あ…私……っ、テオ……さ…』


 カルロッタはがたがた震えていた。それでも、それを見たローザがもう一度反論しようとするのを目で制する。

 テオの指摘は、カルロッタの心臓を貫いた。

 マフィアのボスの娘は貴族の娘と財力的にほとんど変わらないという母の言葉を鵜呑みにし、日々贅沢に過ごしてきた。父親やその部下達がどういうことをしているか知らないまま。

 だから、幹部の裏切りにあっても何もできなかった。ファミリーを完全に乗っ取られても、何もできなかった。



 その結果母は死に、妹はいかれ帽子屋の慰み者にされ、行方不明の父は…おそらく生きてはいない。



 目をぎゅっと閉じる。失ったものは大きい。それはわかっている。

 だから今度は間違えない。ユキ様が救ってくれた命、ユキ様とローザさんが与えてくれた新しい場所。

 そこでまっとうに生きるのだ。生きて、妹を命をかけて守り抜く。


『相変わらず、俺なんかの言うことをちゃんと聞いて、反省しちゃうんだからえらいよなぁ』


 苦笑混じりの声と同時に、ふわりとあたたかい手が頭にのせられる。

 驚いて目を開けると、オリーブ色の瞳が目の前にあった。テオはカルロッタの頭を撫でながら、苦笑と共に眉尻を下げた。


『ごめんねー。ちょっとイラっときたんすよ。ユキ様はどうした!って女達がぎゃーぎゃー騒いでるって聞いたからさぁ』


 そう言うと、テオはローザの方にちらりと流し目をくれて、にやりと笑う。


『ユキ様が必ず会いにくるって、あんたら信じて待てないわけ? 構成員困らせてユキ様に迷惑がかかるかもしれないのに、大人しく待てないほどあの人は信用がないわけ?』


 ローザは目を見開き、次いで唇をきつく噛み締める。

 信じていなかったわけじゃない。

 ユキなら、きっと会いにきてくれるとわかっていた。

 でも、それでも…。


『会いたかったのよ! 無事でいるか、怪我はないか、あの糞いかれ帽子屋に傷つけられてないか、この目で確かめたくて仕方なかったのよ! 悪い!? あの子は私達の希望で、恩人で、友達なのよ…仕方ないじゃない! 会いたくて会いたくて……あぁもう!』


 床に崩れ落ちて、金髪をぐしゃぐしゃに掻き回すローザに、天幕内の女達が駆け寄る。

 それを見たテオはやれやれと大袈裟に肩をすくめた後、腰に手をあてて身を屈める。


『ユキ様の言った通り、激しいお姉さんっすねー。はいはいローザ姉さん、ユキ様から【今すぐは無理だけど必ず会いに行くから待ってて】だそうっす』


 メデューサのように広がってしまった髪のまま、ぽかんとしているローザを尻目に、テオはカルロッタに向き直る。