恋物語カプリ島戦争終了〜それから編 | ナノ


フォレストグリーン コンフェッション 1


【ユキ様は、いかれ帽子屋のところです。あの男を…殺すおつもりなんです……】



 そう聞いたとき、考えられることは、いくつかあった。森の中を歩きながら、ジョットは思う。

 ユキは、およそ他人を憎む感情とは無縁に見えるが、いかれ帽子屋に対してはそうはいかないだろうと思っていた。直接は指示していなくても、ノヴィルーニオについたビルボによる襲撃で死者が出て、囚われていた女達にも同情している。

 それとも…。立ち止まり、痛みで上手く動かない手をポケットに突っ込む。

 Dがジョットにすべてを話していないだけで、ユキは帽子屋に何かされたのではないだろうか。ユキの名誉に関わることなら、Dは誰にも話さない。


『そうだとしたら、殺したくなるな…』


 ユキの身になって考えるまでもなく、ジョット自身がそう思う。だが、捕らえたいかれ帽子屋を私怨で殺すわけにはいかない。止めなければいけない。

 そう思う一方で、ジョットは頭の中をよぎった考えに寒気を覚える。



 ユキは、自分の貞操を危機にさらしたジョットにも、怒りを抱いているのではないか。

 頭を振って、再び歩き始める。無理矢理足を動かして、冷えた体に血を巡らそうとするが、体はどんどん強張っていく。

 そんなはずはない。わかっている。彼女は平和な世界の住人だったが、今はボンゴレに忠誠を誓ったマフィアだ。覚悟だって見た。

 信じる気持ちは強いはずなのに、ユキに敵に体を捧げるような真似をさせてしまったのは自分の不甲斐なさの所為だと思うと、揺らいでしまう。

 ボスとしての自分は、マフィアとしての彼女を誇りに思っているが、男としての自分が、ユキを守り切れなかった自分を激しく責める。そして責めれば責めるほど、ユキも同じことを思っているのではないかと、恐怖に震える。

 それに、と唇を噛む。ユキも見たはず…否、当事者として体験したはずだ。ジョットはユキ以外の女を(実際はユキ本人だったが)抱こうとした。その事実を彼女がどう思っているのか、考えるだけで背中が冷たくなる。


 一人でいるからか、そんな恐怖にがんじがらめになる。ボンゴレの誰かが傍にいればボスとしての顔になれるのに、今の自分は、いろんな不安に囚われて、こんなにも情けない。

 そのとき、緑ばかりだった視界の中に、ふと違う色が飛び込んできた。ボンゴレのマークの旗が立てられた、いかれ帽子屋の牢がある、天幕だ。


 オリーブグリーンの布が掛けられた入口の前に、人影があった。

 背中に流した濃い茶色の髪、黒のズボンに、元は白かったのだろうシャツ。汚れてはいるが、一番見慣れた姿の、彼女がいた。


『ユキッ!!』


 体の痛みも、それまで考えていたことも、すべて吹き飛んだ。

 走って、放心したように目を丸くしているユキの腕を掴むと、びりっと電流が流れ込んだような感覚を覚えた。

 ユキも、驚いたように体を跳ねさせた。後ろに引こうとした体を、ほとんど無意識に抱き寄せる。行くな。これ以上、1ミリも離れないでくれ。


『カッペッレェリーアは…?』


 天幕の中にいたのだろうユキの、僅かに埃っぽさが残る匂いを嗅いで、ジョットが小声で問うと、ユキは小さく笑った。


『中にいる。話を、しただけ』

『そうか…』


 小さく頷いて、ユキは抱きしめられたままジョットを見上げる。右耳を胸に付けた状態のユキに、心臓の音を聞かれている気がして恥ずかしくなったが、離す気にはなれない。


『ジョット』

『なんだ?』

『聞いてほしいことがあるの』


 ユキが顔を上げる。真正面から見上げると、マホガニーの両目にジョットの顔が映った。


『楽しい話じゃない。けど、どうしても聞いてほしい。今すぐ言いたいことは別にあるけど、その前に私がこの島で気づいたことを、ボンゴレとしてどうありたいかを、貴方に聞いてほしい』


 苦しそうに、今にも泣きそうに声を上げるユキを、ジョットはきつく抱きしめた。小さくシャツを握るユキの手を背中に感じて、胸が痛くなる。

 ジョットは頭を下げて、ユキの耳に顔を近づける。もっと近くに、ユキの近くに行きたくて。


『わかった。お前の話を聞こう。それから、俺の話も聞いてくれ。……約束を果たそう』


 別荘への襲撃で、ジョットとユキは離れ離れになった。

 あの、赤々と燃える炎の光に照らされた、夜の森の中で交わした約束。



 やっと、再会できた。戦争が終わったその朝、二人は互いのぬくもりを感じながら同じことを考えていた。







フォレストグリーン コンフェッション








 長い話ではなかった。

 木漏れ日の下で並んで座った二人は、互いの不安を、伝えたいことを話し、相手の話す言葉を黙って聞いた。

 話を聞き終わって、何か言うべきだと、ジョットもユキも思っていた。苦しそうな顔をしている相手の、不安を取り除いてあげたくて仕方がなかった。自分も同じような顔をしていることに気づかずに。


 だが、伝えたいことがあった。伝えたくてたまらないことがあった。

 気持ちが爆発寸前だった。再会した瞬間から膨れ上がり続ける、目の前の相手への想いが。


『ジョット』


 先に限界を迎えたのは、ユキだった。隣に座るジョットの手に、手をのせる。掴めば、怪我をした手は痛むだろうと配慮したユキの手を、ジョットはすぐに握り返した。


『私、ジョットのことが好き。私のことを……好きになってほしい』


 声が震え、泣いてしまいそうだった。実際マホガニーの瞳は一瞬で水を湛え、ジョットのオレンジ色の瞳が揺れたような気がした。

 水の中にいるような視界が辛い。ジョットの顔をちゃんと見たいのに。

 薄い唇が、笑みを浮かべたように見えた。願望が見せている幻覚だろうか。

 それでも嬉しい。だって、ジョットの笑顔が好きだから。








『お前のことが好きだ、ユキ。俺を…好きになってくれ』