恋物語カプリ島戦争終了〜それから編 | ナノ


トープ ケアレス ミステイク 1


トープ ケアレス ミステイク








 勝敗が決した後の戦場は、いつも事務的だ。

 怪我人の手当て、破損物の確認、捕虜や武器の管理、島民への挨拶回り。

 幸いなことに、戦場となったのは帽子屋の客であった貴族が所有しているエリアだったため、街にはさほど迷惑がかからなかっただろう。

 そう思いながら、リナルドは一定の歩調で足を動かす。歩きながら指示書にサインを書き、部下の報告を聞いていた。

 Gはリナルドの少し前を歩きながら、無言でタバコの煙を吐き出している。

 表情には出ていないが、疲れているのだろう。先ほどまで最前線で戦っていたし、今回の戦争は心労が絶えなかったはずだ。


『北側はユキ様の采配で、怪我人の手当てと捕虜の監督に重点を置いて進行中です』

『御苦労だった。しかしユキ様にはそろそろお休みいただかなくては。今どちらにおられるんだ?』

『はっ。基地内で怪我人の手当てにあたっておられるはずです。我々の言うことは聞いてくださらないので、ダンジェリ様から言っていただければ…』


 弱ったように眉を下げる部下に労いの言葉をかけると、喉を鳴らしたような笑い声が聞こえた。


『手間が省けたぜ』

『はい?』


 Gが、タバコを持ったまま指した方向を見て、リナルドは目を見開いた。

 基地の入り口の壁に凭れ掛るようにして、一人の女性が地面に直接座っていた。

 同じように驚く部下に指示書を押し付けて、走り出す。

 駆け寄ると、正しくその女性は、10日ぶりに会うユキだった。

 濃い茶色の髪を下ろし、土埃で汚れたシャツとズボン姿のユキは、目を閉じて静かな寝息を立てていた。

 眠っているとわかって安堵したリナルドは、ユキの膝の裏と背中に腕を回して、そっと抱き上げた。いくら朝になったとはいえ、外で眠っては風邪をひく。


『戦争直後の再会が寝顔とは、まったく大したやつだな』


 苦笑したGの指が、ユキの頬にかかる髪を払う。

 もう武器を携帯していない彼女の体は、びっくりするほど軽かった。少し痩せた。血色も少し悪い。

 それでも……


『無事で、おられたのですね…』


 ほとんど、声にはならなかったが、聞こえたのか伏せられたユキの睫毛が震えた。


『ん…』


 身じろぎしたユキが、うっすら目を開けた。マホガニーの瞳が、ぼんやりとリナルドを映す。

 まだ寝ぼけているのか、ユキはへにゃりと笑った。


『あー…リナルドさんだぁ…。えっと…怪我、してないですか?』

『っ…』





 抱き上げる手に、これ以上ないくらいの力を込めた。





『お許しください』





 かろうじて呟いた詫びの言葉は、果たして隣に立つ上司に届いただろうか。





* * *





『いった…ぁ、リナ…っ、苦しいよ、リナルドさ、んっ』


 全身を覆う圧迫感に、ユキは思わずすぐ近くにあったリナルドのスーツを掴んだ。

 ぼんやりとした意識の中で、やっと自分がリナルドに抱えられていることに気づく。

 鎖骨の辺りに、あたたかい吐息を感じた。力は強いのに、自分の体を抱く手は、壊れ物を扱うかのように繊細だった。


 あれ、なんで私寝てたんだっけ?

 そっか…戦いが終わって、大きな怪我をした人がそんなにいなくて、後は皆を待つだけで…。

 気が抜けちゃったのかなぁ。

 あ、Gもいる。よかった…。疲れてるっぽいけど、怪我はなさそう。

 リナルドさんも疲れてるのに、迷惑かけちゃったなぁ。


『心配…させやがって…』

『……え?』


 低い、それでいて優しい、少し掠れた声に、ユキはぱちりと目を開けた。

 声を上げると、すっと鎖骨を髪が撫でて、触れていた温もりが遠ざかった。

 完全に覚醒して顔を上げると、驚いたようなリナルドの顔が間近にあった。

 灰色の瞳が瞬きするのをじっと見て、ユキは僅かに首を傾げる。なんだろう…今……。


『起きたか? ユキ』


 ぐしゃりと頭を撫でられて、ユキはその勢いのままに首を反らせた。

 タバコをくわえたGの指が、髪を梳くように撫でるので、思わず目を細めてしまう。


『ねぇ、今のって…Gが言ったの?』

『ん?』


 軽く眉を寄せたGが、ちら、とリナルドに目を向ける。

 するとわざとらしい咳払いが聞こえ、Gはにたりと唇の端をつり上げた。


『あぁ。俺が言ったぜ。心配させてんじゃねぇよ』

『あ、ごめんなさい。やっぱりGが言ったんだよね…。何か違う気がしたんだけど…』

『お疲れなのでしょう。すぐに部屋を整えます。お湯と食事の用意もさせますので、ボスや他の守護者様のご到着までお休みください』


 未だ納得がいかないらしく首を傾げたユキを遮るように、リナルドが早口に話し出す。

 だが地面に降ろしてもらったユキは、何かを思い出したらしくあっと声をあげると、慌てたように首を振った。


『私は大丈夫。行きたいところがあるの。今すぐにでも』

『ダメだ(です)』


 一蹴された。






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