恋物語カプリ島戦争終了〜それから編 | ナノ


ガーネット ラプソディー 1


 最初に見たのは、ビルボファミリーが持ってきた写真だった。

 キャバッローネが主催し、ボンゴレ本部で開催されたパーティで初めて表に現れた、琥珀色のドレス姿の写真だ。少し緊張しているようだったが、ボンゴレプリーモの隣で微笑んでいる姿はとても美しかった。

 二度目はほんの数時間前。髪と瞳の色を幻術で変えて、妖艶な装いで、囚われの娼婦を完璧に演じていた。

 そして今は、これまでで一番ひどい格好だった。








ガーネット ラプソディー








 外にいた見張りが持っていたはずの檻の鍵を開けるユキを、いかれ帽子屋…カッペッレェリーアは薄く微笑んで出迎えた。

 元は白かったであろうシャツは、土あるいは血なのか茶色く汚れ、黒のパンツも同様にところどころ破れている。

 美しく着飾った姿しか見たことがなかった帽子屋だが、服装の乱れや汚れは、本人が持つ美しさを少しも損なうことはないと知っていた。現に、唇をきゅっと引き結んで帽子屋を見据えるユキは、ぞくりとするほど美しかった。


『嗚呼ようこそ、ボンゴレの風。麗しのユキ嬢。座ったままで失礼を』


 丈夫な鰐革の帽子を被り、拘束帯で繋がれた両手を広げる帽子屋を、ユキは眉を寄せたまま見、扉を押し開けた。

 Dに撃ち抜かれた両足には治療が施されていたが、立ち上がれるはずはない。

 狭い檻の中で、ユキと帽子屋は向き合った。


『嗚呼。随分と衝撃的な登場ですねユキ嬢。ボンゴレの風と謳われている貴女が、見張りを倒して鍵を盗み、この私のいる檻を開けるとは。いえいえ構わないのです。ちょうど退屈していたのですから。しかし檻を開けたということは、掃討作戦に支障でも出ましたか? 私を使わねばならないようなアクシデントが…』

『馬鹿言わないで。ボンゴレの圧勝よ』


 ぺらぺらと喋る帽子屋を、ユキは一蹴した。帽子屋はひょいと眉を上げ、微笑んだ。


『そうですか。さすがはボンゴレの風。貴女は素晴らしい』


 心から言っていると思われる賛辞から、ユキは顔を背けた。外から吹き込む風は穏やかで、静かだ。戦争が終わったばかりとはとても思えないほど。


『私の司令官としての能力なんてとても低いものよ。でも、私の拙い指揮でも、構成員達は動いてくれた。私を助けてくれた。ボンゴレの構成員は強い…彼らは凄い。勝利は、当然の結果なのよ』


 自分の未熟さを憤る気持ちと、構成員達への感謝と賛辞を滲ませたユキを、帽子屋は不思議そうに見つめた。

 退屈していたのは本音で、おしゃべりすることは楽しいが、彼女がここにきた目的がわからない。そもそもここにくるために見張りを気絶させる理由はないはずだ。

 彼女の言葉通り、ボンゴレの圧勝で戦争が終わったのなら、なぜ彼女はここにいる。

 帽子屋の心を読み取ったかのように、ユキは顔を上げた。


『ここに来たのは私の個人的な理由から。貴方に会って、確認したいことがあったの』

『ほぅ…』


 興味深いと言わんばかりの笑みを浮かべる帽子屋を、ユキはじっと見つめた。舞台役者も裸足で逃げ出しそうな、派手な美しさを持つ顔が、マホガニーの瞳に映る。

 しばらくの間、ユキは何も言わずそうしていた。普通なら居心地が悪くなるはずだが、帽子屋は彼女の長い視線を楽しんでいた。



 静かな見つめ合いを打ち切ると、ユキは長く息を吐いた。にこにこした帽子屋と同じように、檻の冷たい床に腰を下ろす。


『チャンスだと思ったの』


 目を伏せ、小さな声で話し始めた。