恋物語カプリ島戦争終了〜それから編 | ナノ


ピンク ビバーナム プリカツム 2


 自信満々に語るカッペッレェリーアを、ユキは意外そうに見た。そして脱力したように牢の扉にもたれる。冷たい金属が揺れ、鈍く音を立てる。

 くすくすと、笑う声は、どこか弾んでいた。


『前もあったな、そういうの』

『はい?』


 聞き返すカッペッレェリーアに、ユキは笑顔を向ける。


『その選択肢は、私にはないの。平和な世界からはもう、卒業したから』


 提案を一蹴され、今度はカッペッレェリーアが驚いた。思わず身を乗り出すと、壁に繋がった鎖に引っ張られ、ユキに嫌な顔をされた。


『ボンゴレプリーモとの恋の成就より、構成員であることを選ぶと?』

『だって、私が好きなのはジョットだけじゃないもの』


 カッペッレェリーアは首を傾げた。先ほどまでのぐずぐずした様子とは一変して、ユキの表情は飄々としていた。


『恋してるのはジョットだけど、G、雨月、アラウディさん、D、ナックル、ランポウ…ほかにもボンゴレのために生きているたくさんの人に会った』


 思い出を語るような口調のユキは、はにかむように笑った。幸せを噛みしめているように。


『皆を好きになって、皆が好きなものを好きになって、守りたいと思ったの。ボンゴレを尊敬して、ジョットを尊敬して、皆を尊敬した。この世界に来て、自分の世界と違うことを知った。……この世界には、ボンゴレが必要だって、わかった。私は、ボンゴレへの忠誠を覆すつもりはないよ』


 笑みと共に告げられた言葉を聞き、カッペッレェリーアは小首を傾げた。

 とても不思議そうに、琥珀色の瞳を瞬かせる。


『それは、つまり何の問題もないのでは?』

『え?』


 ユキは驚いて問い返した。言われた言葉の意味が理解できずに目を瞬かせると、帽子屋は大袈裟な動作で手を広げた。


『嗚呼、今おうかがいしたのはすべてユキ嬢貴女の問題で、そして貴女ご自身ですでに解決しているように思います』

『え。解決してないよ』


 目を丸くして反論するユキに、帽子屋は珍しく眉を寄せて首を振った。聞き分けのない生徒を相手にしているかのような表情に、思わずたじろぐ。


『解決していますよ。貴女はボンゴレのためならその身すら捧げることに抵抗はない。ボンゴレプリーモに恋をしていようがいまいが、ボンゴレに忠誠を誓った者として構成員を辞める気はない。でもボンゴレプリーモに好きになってほしい、嫌われたくない』

『全部その通りだけど…それのどこが解決してるの?』


 何ひとつ間違ってはいないのだが、改めて口に出されると居心地が悪い。

 膝を抱えるユキに向かって、帽子屋はひょいと肩をすくめた。


『ですから、貴女がどうしたいのかはもうはっきりしているではありませんか。ここから先は貴女の問題ではなく、ボンゴレプリーモの問題です』

『ジョットの、問題?』


 そうです、と帽子屋は頷く。


『ユキ嬢のような女性…私はちっともそう思いませんが貴女の言うところの【穢れた】女性をどう思うのかも、構成員でいたいという貴女をどう思うのかも、好きになってほしいと望まれて、どう思うのかも…すべて、嗚呼ボンゴレプリーモが決めることです』

『だから、私がこんなだと知られたら、ジョットに嫌われてしまうから…』

『ですから、それは貴女の決めることではありません』


 ぴしゃりと言われて、ユキは言葉に詰まった。

 牢の中で帽子屋の声が反響する。舞台役者のような、心に直接叩き込まれているかのような、よく響く声だ。


『人の気持ちを、勝手に決めてはいけません。貴女はボンゴレプリーモではないのですから』


 叱られたような気持ちになって、目の奥がかっと熱くなった。ユキはジョットではない。だからこそ、知るのが怖いというのに。