ガーネット ラプソディー 2
逃げ出したアリーチェと、つまり娼婦と勘違いされた。
そのことを理解し、アリーチェが未だカッペッレェリーアの寝室に呼ばれていないことを知ったユキの頭に最初に浮かんだのは【チャンス】だった。
アリーチェとしてカッペッレェリーアの寝室に呼ばれる機会を待ち、そこで彼を暗殺する。その計画を実行することに、躊躇いも、不安もなかった。あるとしたら、人を殺したことがない自分が、確実にカッペッレェリーアを殺せるかということだけだった。
ジョットの救出と、ボンゴレの勝利。それだけを目指して、ユキは走り、それは果たされた。
嬉しかった。心から安堵した。ボンゴレとして戦った自分を、ユキは誇った。
そして、戦慄した。
『気づいたの。私がアリーチェを名乗って貴方の寝室に行くことを決めたのは、ジョットのことが好きだったからじゃない』
それを決めたのは、ジョットへの気持ちに気づく前だった。そして、気づいた今、ユキは改めて自分に問いかけ、自分の答えを聞いた。
『ジョットのためじゃなくても、それがボンゴレのためになる唯一の手段だと思ったなら、私は…きっと同じことをする』
視界に入る帽子屋が、僅かに目を細めた。ユキは膝をかかえる手に力を込めた。
『そんな私を知れば…きっとジョットは私を好きになってはくれない…』
口に出した言葉は、胸をえぐるかのような痛みをもたらした。それを悟った瞬間、ユキは基地を飛び出したのだ。
『錯乱したの。…初めての経験だった。貴方を殺して、なかったことにしようとしたの』
自分を見るファビの目を、思い出す。驚き、ユキを止めようとした、優しい少年。帽子屋のところへ行きたいとしか言わなかったはずだが、彼はユキの目に宿った狂気に気づいただろう。
帽子屋は動かない。静かに、ユキを見ていた。
殺しに来たのだと言われても、動じた様子はない。ユキの目に、殺意がないのに気付いているからだろう。ユキは苦笑した。
『狂うのは、なかなか難しい。走っているうちに我に返ったの。なんて馬鹿なことを、って』
帽子屋を生かして連れ帰るとボンゴレで決まった以上、殺せば反逆者だ。ユキはボンゴレに忠誠を誓った。理性は、すぐにユキを諭したのだ。
『でも、貴方に会いに来た。確かめたいことがあったから』
誰にも聞かれたくなかった。だから見張りは気絶させた。罰は覚悟の上だった。
顔を上げ、帽子屋を見据える。プラチナブロンドの巻き毛と、琥珀色の瞳の、完璧な美貌だ。
『何度見ても、貴方は嫌い。ノヴィルーニオの所為で、貴方の所為で死に、傷つけられた人達のことを思い出す。殺したくなる。触られただけで吐き気がした』
『嗚呼、悲しいですね』
微苦笑を浮かべる帽子屋が重そうに伸ばした腕を、届くはずがないとわかっていながらユキは避けた。
マフィアとはそういうものだ。自警団から始まったボンゴレが異色なのだということはわかっている。だが、知っている人達が傷つけられた事実は、簡単には消化できない。
それでも。ユキは唇を噛んだ。
『それでも、ボンゴレを救うためなら、私はきっとまた貴方に抱かれる選択をする』
確かめたかったことは、どんなに帽子屋に対する怒りを高めても、動かなかった。
それがボンゴレのための唯一の手段ならば、自分は進んで手を挙げるだろう。
自分はそれができる。それを躊躇わない人間だと自覚したユキは、ひどい矛盾を抱えた。
ボンゴレに忠誠を誓ったものとしての誇らしさ。
ジョットに恋をした、女としての…絶望。
『ジョットを好きだなんて、気づかなければよかった…』
伏せた目から、涙が零れた。
『こんな私を好きになってほしいなんて…ジョットに言うことはできない』
笑いかけてくれるジョットを想う。あたたかい炎のような、優しいオレンジ色の瞳。
ボンゴレのためならば、誰に穢されてもかまわないなんて、そんな女だと知れば、彼はどんな顔をするのだろう。
『ジョットに嫌われるくらいなら…好きになってもらえなくてかまわない』
ボンゴレの誰にも知られたくない想いを、ユキは帽子屋の前で涙と共に溢れさせた。
(風は迷うが、止まることはできない)
(行きつく先に何があるのか)
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