ホリゾンブルー オンリー フォルテ 2
『ぐ、ごっ…ほっ、ごほっごほっ…』
腹を押さえ、少年は蹲る。吐き気がこみ上げたが意地でこらえた。なけなしのプライドだ。
少年は負けた。一撃だった。オレンジ色の炎を額に灯したボスが、一瞬で自分の目の前に移動するのを捉えられなかった。
腹に一発、それだけだった。その一撃で、意識も、戦意も、一瞬失った。我に返ったとき自分は地面に膝をつき、ボスの足音ははるか遠くだった。焼けつくような痛みに咳き込んだ。そうしないと、再び気を失ってしまいそうだった。
『勝てると思ったのか?』
静かな声が降ってきた。顔を上げることができなかったが、気にした様子はない、尊敬するボンゴレの右腕…Gの声だ。苦笑する。
『正直に申し上げれば、数分の足止めくらいなら可能だと思っていました』
ところどころ咳き込みながら答える。
なんでもないような顔をして、ジョットはファビオの前まで歩いてきた。だがファビオは彼の姿を見て、安堵したと同時に愕然とした。
痛みを堪えるために僅かに動く眉。目を凝らして見ないとわからないほど少し、滲んだ汗。手も足も庇っている。一目見てわかった…彼は立っているのがやっとだと。
それでも、と自嘲気味に笑う。それでも勝てるとは思えなかった。
ボスは圧倒的だった。あの状態で、ユキのことで胸を不安でいっぱいにさせていたというのに、ひとかけらの勝機さえ見いだせなかった。
数分の足止めが精一杯だと……なんて愚かな。
『ユキのもとへ行こうとしているプリーモを、本気で止められると思ったのか?』
先ほどよりも近くから声をかけられた。顔を上げると、Gの手が自分に向かって差し出されていた。
骨ばった、しかし器用そうな大きな手。こんな手になるには、自分はあと何年かかるのだろう。
少年は首を振って手を取ることを拒否する。自力で立ち上がり、笑う。
『そう言われると、すごく無理そうです』
ボンゴレの右腕は、少年の言葉にふっと相好を崩す。反対に、ファビオは表情を堅く引き締めて礼を取った。
『ボスに武器を向けたこと、構成員として重罪であることはわかっております。どのような罰もお受けする所存…』
『必要ないよ』
よく通る低い声に、ファビオはびくりと体を強張らせた。恐る恐る顔を上げるとアラウディの青い瞳がファビオを見下ろしていた。
『ルティーニは門外顧問機関であって、今はボンゴレじゃない。プリーモに武器を向けたくらいで罰を受ける必要はない』
『いや、それは違うんじゃないか…』
呆れたようにGが突っ込んだが、アラウディはどこ吹く風だ。少年の、自分と同じ色の瞳をきつく睨み据える。
『あんな虫の息のプリーモに一瞬でやられるような弱い子どもは、僕からの罰で十分だよ』
ざっと血の気が引いた。
みるみる青くなる少年をGは不憫そうに見たが、上司である門外顧問に口を出すのはやめたらしい。短く息を吐いて、ジョットが走り去った方向を見つめる。
ジョットは自分たち守護者に来るなと言い置いて、ファビオの前まで歩いていった。そして二人は対峙し、ファビオが何か話した途端、ジョットは少年を沈めて走り去った。
自分たちに何も告げなかった。そうする暇さえ惜しいと言わんばかりに。
『ファビオ、お前はプリーモに何を言った?』
本当はジョットを追いかけるべきだったかもしれない。だが、なぜかそうすべきでないという勘が働いた。その思いを、守護者全員が抱いているとGは気づいていた。
ユキは、自分たちが行くのを望んでいない。ファビオによれば、ジョットが行くことも彼女は望んでいないらしいが。
『ユキの居場所なんだろう?』
少年は黙っている。口元に笑みを浮かべた、泣き笑いのような顔だ。
ユキは望んでいなくても、この少年はジョットに彼女の居場所を告げた。それがどういう意味を持つのか、考えるだけでGの心はざわついた。
『言いませんよ。すでに一度命令を破っています。一度破ったから、もういいやってわけにはいきません』
ファビオはそう言って、アラウディに向かって両手を差し出した。一瞬微妙な表情を浮かべたアラウディだったが、無言で手錠を取り出す。華奢な少年の手首で、無機質な音が鳴った。
冷たい金属を感じながら、ファビオは目を閉じた。いまだ痛む腹。その痛みが与えられる寸前の会話を思い返す。
【ボス、お願いがあります】
【なんだ?】
【僕には止められませんでした。あんな顔で行かせてくれと頼むユキ様を…】
力ずくで止められたのに、逃げたとしても捕まえられたのに、できなかったと自嘲の笑みが少年の顔に浮かぶ。
オレンジ色の瞳を見つめ、震える声でファビオは告げた。
【ユキ様は、いかれ帽子屋のところです。あの男を…殺すおつもりなんです……】
(あの方を止めてください)
(僕にはできなかった。ボス、貴方なら……)
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