クリーム ヘジテイション 2
Gは軽い苦笑を浮かべて、基地の上階を仰ぎ見た。おそらくそこにいるのだろう。
全員の足が、基地へ向かって動く。先ほどまでより、少しだけ早く。
冷たかった朝の空気が、だんだんと穏やかになっていくのを感じながら歩いていると、ジョットの少し前を歩いていたアラウディがふと足を止めた。なぜか、つられたように全員の足が止まる。
どうかしたのかとジョットが声を掛ける前に、アラウディは僅かに目を眇めた。
『ルティーニ…?』
低い声が向かった先に、ジョットは顔を向けた。基地の前の、開けた場所に、少年は立っていた。
アラウディの声はほとんど呟きに近いほど小さかったが、それが聞こえたかのように、ファビオは顔を上げた。ジョットを見て、水面のような薄い青の瞳が安堵したように揺れた。
『ご無事でなによりにございます。ボス、守護者の皆様方』
ファビオは恭しく、完璧な礼を取った。ジョットは笑みを浮かべて少年に近づく。
『ありがとうファビオ。お前も怪我はなさそうでよかった。ユキの傍で、よく頑張ってくれたな』
『勿体ないお言葉です』
数歩足を進めて、ジョットは違和感を感じて止まる。
ファビオの表情が少年らしからぬ硬さを持っている。それに、これだけ近づいても少年はジョット達の前から動こうとしなかった。まるで進路を塞ぐかのように。
ジョットはオレンジ色の瞳で少年を見据えて、問う。
『ファビオ…。ユキはどこだ?』
『ユキ様はここにはおられません』
一瞬の間も置かずに返ってきた答えに、顔色を変えたのはGだった。赤い目を見開いて、少年に向かって一歩踏み出す。
『僕はユキ様がどこへ行ったか知っています。そこに何があるのかも、ユキ様が何をしに行ったのかも』
ファビオは何か言おうとしたGを遮った。いつもの礼儀正しい少年からは考えられない行動だった。
『ですが、ユキ様は何も知られたくないと思っておいでです。自分が帰ってくるまで待っててほしい、どこで何をしてきたのか聞かないでほしいと望んでいます。ユキ様の望み通りにしていただけますか? ボス』
『無理だ』
ジョットは断った。直感だった。
ファビオからユキがここにいないと聞かされてから、ジョットは胸から溢れ出しそうな不安をなんとか押さえつけていた。
何かよくないことが起こっている。今すぐユキのところに行かなければと、ジョットの直感が急かしていた。
否、不安があろうが関係なかった。
ユキに会いたい。ジョットを助けた後、風のように戦地へと発った彼女に、今すぐに。
ですよね、とファビオが笑った。困ったように、しょうがないなぁと今にも言いそうに。きっとジョットのことではなく、ここにはいないどこかにいるユキを思って笑ったのだろう。
『僕が何も言わなくても、ボスは探しに行くでしょう。だから、ここで止めます』
ジョットがひとつ瞬いた間に、少年の手には得物が握られていた。すっと笑みが消え、静かに構える。
『ボス。ここは通しません。ユキ様のため、ここで留まっていただきます』
その姿に、ジョットは一瞬目を奪われた。
自分が見出していたはずの、ファビオの才能。それが予想をはるかに超えた大きいものになっていることに、嬉しくなったのだ。
ボンゴレの、いや今は門外顧問機関だが、とにかくボンゴレの構成員である少年が、自分に武器を向けているというのに。
ジョットはファビオの、風に揺れるプラチナブロンドと、まっすぐこちらを見つめている薄い青の瞳を見てから、アラウディに視線を向けた。
斜め前に立つ門外顧問の横顔は、自分とまったく同じ髪と瞳を持つ少年を、憮然とした表情で見据えていた。
『アルに預けたのは、失敗だったかもな』
呟いて、拳を握り込む。体は、正直に言えば歩くだけで悲鳴を上げる。
だが自分の直感が不安を訴えている以上、ここでおとなしくユキを待つという選択肢はない。
ファビオの構えを見て、ジョットは笑った。その額にオレンジ色の炎が灯るのを見ても、少年は眉ひとつ動かさなかった。
『ファビオ。あまりアルに似てくれるな…ユキに付けるのを再考したくなる』
* * *
『ぐっ!』
『どうして貴女がここに…ッ! ぐあっ』
息が詰まったような声が上がり、次いでどうっと重いものが地面に落ちる音がした。
身じろぎすると付けられた拘束帯が傷ついた四肢を締め付けたが、痛み止めを投与されていたため、僅かな不快感を感じただけだった。
音はまだ続いていた。
ばたばたと走る音。驚きに満ちた声。力を失った体が倒れる音。
『嗚呼、騒がしいですね』
(彼女は錯綜し、彼は不安になる)
(二人の間に、少年は立つ)
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