恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


ブロンド イタリアン ドリーム 1


ブロンド イタリアン ドリーム








 髪が少し痛んでいる。

 掬った手からさらりと落ちる濃い茶色の髪を眺め、ローザは眉を寄せた。

 ローザの膝に頭を乗せて眠っているユキの、伏せた目を縁取る長い睫毛が目の下に影を作っていた。

 見張りの男がユキを迎えに来るまで、あといくらの時間もない。それでも最後の試みだと言って横になったユキは、すでに着替えも化粧も済み、女の自分でも思わずはっとするほど美しかった。

 美しいと思えば思うほど、ちょっとした髪の痛みや唇の荒れ、手足についた無数の傷が気になり悔しくなる。



 この子は、本当はもっと美しいはずなのに。


『ねぇ、カルロッタ』


 ローザはユキを起こさないように首だけで振り返り、窓の外を見上げて月を眺めていた少女に声をかけた。

 呼ばれてローザと視線を合わせたカルロッタは、にこりと微笑んで音を立てないように気をつけながら、ローザとユキの傍に来て腰を下ろした。

 ビルボファミリー元ボスの長女であるカルロッタは、薄茶色の髪がユキの顔をくすぐらないよう気をつけながら寝顔を覗き込む。

 貴族ではないが、それに近い家柄で生活をしてきたカルロッタと妹のルイゼッラは、カッペッレェリーアに捕らえられこのような粗雑な扱いを受けながらも、未だその物腰には品があった。

 ローザがこの姉妹と初めて会ったのは島に連れてこられ、部屋に放り込まれて数時間経ったころだった。追加だと言わんばかりに放り込まれてからの2人は、妹は泣き喚き、姉はそれをひたすら宥めながらも泣き続け、ローザとアリーチェを含める同室の女達を苛立たせたものだった。

 ルイゼッラがカッペッレェリーアの寝室へ連れて行かれた日から、姉妹は大人しくなった。

 絶望で瞳を虚ろにし、食事も取らず、全く言葉を発しなかった。

 そんな姉妹の顔に生気を取り戻したのが、ユキだった。

 ユキの、助けるという言葉と、労わるように抱きしめた腕が姉妹を救った。


『なあに?ローザさん』

『あ、えっと…ボンゴレのボスって、そんなにいい男なのかい?』


 この子がそれほどまでに助けたいと望むほど、と言いかけたのはかろうじて呑み込んだが、カルロッタにはわかってしまったらしくくすりと笑われた。

 初めて会った時と同じ継ぎ接ぎだらけのドレス姿だというのに、今のカルロッタからは落ち着いた上品さがあった。

 ユキ様の影響だとカルロッタは言うが、彼女自身が生来持っていたものなのだろう。それが表れたきっかけがユキだったとしても。


『私は、あの日までジョット様のことは上辺しか見ていなかったから、彼がどういう人なのか、本当のところはよくわかりません』


 あの日?とローザは首を傾げたが、カルロッタは静かに苦笑した。


『若く美しく、ボンゴレを自警団から巨大組織にまで成長させた強い人…。とても素晴らしい人だと、憧れていました。ですが、過去何度かパーティでお会いした時に見たジョット様のお顔は、どこか事務的で、パーティであっても仕事の一部と考えているようでした』


 よくわからないと言いながらも、カルロッタの声は少しだけ弾んでいて、よほどいい男なのだろうとローザは思った。そうでなければ、そんなつまらなそうな男に好感は持てない。


『ですが、初めてのパートナーとしてユキ様を連れてきたパーティでは、ジョット様はとても楽しそうでした。彫像のように整っていた美しいお顔が、あんなに楽しそうに笑うのかと思ったのは…きっと私だけではないでしょう』

『それが、ユキのおかげだってのかい?』


 カルロッタは、ローザではなくユキの方を向いてしっかりと頷いた。


『私は母に、必ずジョット様に嫁がせてやると言われていましたが、お二人が並んで歩く姿を見た瞬間無理だと悟りました。ジョット様が纏う雰囲気が、なんていうか…こう、桃色だったんです』

『桃色ぉ?』


 思わず頓狂な声を上げるローザに、静かにと言うように指を一本立てて見せて、カルロッタはくすくすと笑う。


『大事にしたい。大切にしたい。守りたい…。そう、全身で言いたいのを我慢している感じでした』


 ローザは呆れ返ったように目を回してみせる。

 若くて美しくて強い、巨大組織のボスなのに、随分と真面目な片想いをしているものだ。

 まぁでも、相手がこれじゃ仕方ないのかも。