ローアンバー マッドハッター 1
ローアンバー マッドハッター
ノヴィルーニオファミリーが根城にしていた三箇所の屋敷を全て制圧し終えたボンゴレは、ボスと帽子屋をU基地ユニットに移送することにした。
ボス奪還の通達を一番に受けたD基地は、すぐさま周囲にいたノヴィルーニオとビルボの部隊を掃討した。人質の心配がなくなったボンゴレD部隊に対し、その場にいた敵はあっけなく全滅したという。
U基地ユニットはD基地の次に屋敷から近いので、もうすぐ通達も届くはずだが、移送の道中で襲撃を受けないとは言いきれない。
なのでボスと自分の体に戻った霧の守護者、そしていかれ帽子屋を乗せた馬車の周りには馬に乗った護衛官が付いた。
だが、構成員達に不安はなかった。
いかれ帽子屋はユキとDにより歩くこともままならないほどの怪我を負っているし、何よりボスがいる。
ボンゴレリングを嵌めたボスがいるからには、何の心配もない。
大空と謳われるボスの無事は、全ての構成員を安心させた。
『嗚呼…美しいアリーチェ。あの娘がボンゴレの風だったなんて…』
狭い馬車の中だというのに、まるで舞台の上にでもいるかのような話し方をするカッペッレェリーアに、向かいの座席に座ったジョットはちらりと目を向ける。
観客に聞かせるように、大きな声で呟くという芸当をやってみせる帽子屋に、ジョットの隣に座るDも眉を上げた。
舗装されていない道を通っているため、馬車は時折大きく揺れる。怪我人であるジョットと帽子屋にとってこの揺れは体に響くが、ジョットの希望で急がせている。
通達はじきに回るだろうが、それだけでは足りない。早くD以外の部隊にもジョットの無事な姿を見せなくては。
『あんなにも美しい日本人がこの世に存在しようとは。まるで神話に登場する女神の様…』
まだ喋り続けていた帽子屋は、怪我の治療の際に簡単な造りの黒のシャツとズボンに着替えてはいるが、頭には白地に緑色のベルベットのリボンが巻かれたシルクハットを被っている。
捕虜の装いではないが、脱がそうとしたD部隊が三人ほど死にかけたらしいので放っておくことにした。どうせ害はない。
『嗚呼…。あのときボンゴレプリーモの相手をさせようなどという話に乗らず、私の寝室に連れて行けばよかった』
心底残念そうな声を出すいかれ帽子屋を、ジョットはぎろりと睨みつけた。だが気に留めた様子もなく残念がり続けるので、ジョットは話と視線の矛先をDに変えた。
何の話だ。聞いていないぞ。
ジョットの心の声が聞こえたのか、Dはひょいと肩を竦めて説明を始めた。
アリーチェという名の娼婦と勘違いされるという形で【物置】に潜入したユキがカッペッレェリーアの夜伽の相手として呼ばれた。
ユキが、己の体を犠牲にして帽子屋を殺そうとしていたという事実を聞き唇を噛むジョットを見てから、Dは薄く微笑んで帽子屋を見やった。
『ユキが寝室に入っていたら、お前は確実に死んでいましたよ、カッペッレェリーア。ユキは覚悟していましたから、仕損じたりはしなかったでしょう』
帽子屋は馬車の天井を仰いだ。緩く首を横に振り、何を言っているんだと言いたげな顔をジョットとDに向ける。
『あの娘を抱いて死ねるなら、本望ではありませんか』
血を流しまくったはずの帽子屋だったが、絵物語の貴公子のような美麗な顔は興奮しているのかほんのり薔薇色だ。
ジョットは顔中に浮かぶ嫌悪を隠しもしないで睨めつけた。
『そのふざけた考えを今すぐ脳から抹消すれば、屋敷に残っている帽子は生かしておいてやる』
『嗚呼っ!なんということを言うのですかボンゴレプリーモ!』
一変して顔を真っ青にしてかぶりを振る帽子屋を、ジョットは無視した。この男には人質より帽子質の方が効果があると思ったのは間違いではなかったようだ。
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