ラズベリー メリー アンバースディ 1
ラズベリー メリー アンバースディ
なぜこんなことになるんだ。
ジョットは奥歯を噛み締め、カッペッレェリーアを睨みつけた。
だがジョットとは正反対に機嫌がいい帽子屋は、いつの間にか壁際に用意されていた椅子に腰掛け、側近の男はワインの用意を始めている。
カッペッレェリーアはにっこりと微笑んだ。
何も知らない人間が見たら見惚れてしまうだろうが、ジョットは苛立ちしか覚えない。
『さぁ、行きなさい。アリーチェ』
『……はい』
促されて、女が一歩踏み出した。大股で歩いたわけでもないのに、細い脚の形がドレスの上からでもはっきりわかった。
ぞくりと悪寒が走り、ジョットは後退りかけたが、すでに自分の背中はソファの背にぴたりとくっついていた。
四肢に繋がれた鎖が異常に重く感じて、血の気が下がってくる。
『近寄るなっ!!』
『ッ!!』
女がもう一歩踏み出した時、ジョットは咆えるように声を張り上げた。
空気が震えるほどの声に女の足がびくりと止まる。
ジョットは無意識に胸を押さえ、女を鋭い目で見据えた。ただ一言叫んだだけだというのに呼吸が乱れる。
『貴様を抱くつもりはない。それ以上俺に近づくな』
自分でも驚くほど、低く冷たい声が出た。きっと今女に向けている視線も、きっと冷たいのだろう。
女がこくりと息を呑んだ。
そこから一歩でも進んだら殺してやる。そう目で訴える。
この女が怖じて、逃げ出せばいい。
そう思った。
『……ッ』
『!』
ジョットは驚いた。
女がこんな強い視線で自分を見返してくるなどと、考えもしなかった。
突き刺さるような眼差しに、今度はジョットが息を呑む。
女の悲しげな、けれど決意に満ちた瞳の意味が、ジョットにはわからなかった。
『嗚呼、わからない人ですね…ボンゴレプリーモ。貴方がその女を抱くのは決定事項なのですよ』
いかれ帽子屋がくすくすと笑いながら、サイドテーブルに置かれたワインを持ち上げた。
『この女には、貴方に抱かれなければ自分が死ぬだけでなく、同じ部屋に捕らえてある女達の足を切り落とすと言っています。なあに気にすることはありません。足がなくても客は取れます。むしろそういう女の方がいいという方もいますからねぇ』
作り物ような美麗な顔で笑う、外道。
その笑顔を見て、ジョットは理解した。目の前の女には、選べる選択肢がないのだと。
ジョットがいくら拒もうが、この女は引くわけにはいかないのだ。
ジョットに抱かれなければこの女は死に、何の罪もない別の女達が足を切り落とされる。
脅しではない。この帽子屋はなんの躊躇いもなくやるだろう。
逃げる術など、この女にはないのだ。
(だったら…)
ジョットは唇を噛む。
いちかばちか、鎖を引き千切ってこの女を逃がすことはできるだろうか。
『ボンゴレプリーモ』
『!』
平坦な声が聞こえた瞬間、間髪いれずに銃声が轟いた。
女の黒髪がふわりと浮き、女の耳のすぐ横を弾が通過したのだとわかった。
目を見開いたジョットに、銃を構えたままの側近は嘲笑を向ける。
『あまり頭の悪いことは考えない方がよろしいかと。下手な行動を取れば、死ぬのは貴方ではなくそこの女です』
『っこの…外道共……』
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