ウルトラマリン イントゥイション 1
ウルトラマリン イントゥイション
今日の女は、思っていた以上に美しい女だと、カッペッレェリーアは思った。
資料にはイタリア人とアジア人との混血の娘…確か名はアリーチェとあったはずだ。
艶やかに背中を流れる黒髪、海のような青の瞳。美しい娘だ。
『ボンゴレプリーモの相手を、この娘に?』
カッペッレェリーアは側近の方を見る。いつもは淡々と自分の命令を聞く無表情な男が、珍しく薄ら笑いを浮かべてカッペッレェリーアを見返していた。
つまらない男かと思っていたら、と口元に浮かべた笑みが濃くなる。随分と好感の持てる顔をする。
話を聞くため、カッペッレェリーアは緩く腕を組んで側近を促した。
側近の男は微笑んだまま薄い唇を開いた。
『相手はあのボンゴレプリーモ。これ以上同じような拷問や揺さぶりを繰り返したところで、崩れる男ではないでしょう』
側近の横に立つ女は拷問という言葉にびくりと体を震わせ、カッペッレェリーアは苦い顔になる。
ボンゴレプリーモには死なない程度に、思いつく限りの拷問を実行してきたが、あの若い男は苦痛に顔を歪めはしても、カッペッレェリーアの望む言葉を返すことはなかった。
そろそろ別の方法を考えなくては、と思っていたところだった。
『この女を宛がうことが、新たな策だと?』
『ええ。自分の女と引き離された男が、別の女を抱くことを強いられる……やっと特別な女を作ったボンゴレプリーモにとっては拷問以上の苦痛でしょう』
滑らかに紡がれる側近の言葉に、カッペッレェリーアは笑みを浮かべて聞き入っていた。
そのため、ああ恋人って話になってたんだっけ、と一瞬怯えた表情を崩したユキが側近姿のDに足を踏まれたことには気づけなかった。
『奴隷を作るには、その矜持を徹底的に叩き折っておくことが重要』
にやりと笑った側近は、心底楽しそうに見えた。
声がいきいきとしていて、いつもの彼とはまるで違う。
……本性でも現れたのだろうか。
『カッペッレェリーア様も観賞なさればいい。自分の女の身を案じながらも他の女を抱く苦痛と快楽、それを見られる屈辱。…ボンゴレプリーモのことです、そんなことを強いられるこの…』
側近はそこで言葉を切って、女の腕を掴んで引き寄せた。
目を見開いた女は、戸惑いと怯えの表情を浮かべているように、カッペッレェリーアには見えた。
『この女にすら同情するでしょう。そしてさらに苦痛を受ける』
目に浮かぶようではありませんか、と微笑む側近に笑みを返す。
なんと素晴らしい案だろう。
あの男には、肉体的苦痛より精神的苦痛の方が堪えそうだというのは、わかってきていた。
ボンゴレプリーモにとって、側近が提案してきた内容は今までの拷問からは比べ物にならないほどの苦痛だろう。
他人の情事を見ると必ず興奮するというわけではないが、あのボンゴレプリーモと目の前の美しい娼婦。この2人ならば問題ないと思えるほどには、カッペッレェリーアは悪趣味だった。
欲を言えば、捕らえることができなかったボンゴレプリーモの恋人がいればよかったのに。
【ボンゴレの風】などと呼ばれているようだが、所詮ただの女。何もできまい。
あの美しいボンゴレプリーモの目の前で、その恋人を汚しつくしてやれたら、どんなに心地良いだろう。
まぁ、いないならいないで問題はない。
『嗚呼、とても良い案です。すぐに実行しましょう。とても、楽しみだ』
今日一番の微笑みを浮かべたカッペッレェリーアは、側近が離したばかりの女の腕を取った。
剥き出しの肩と、胸が半分も見えている、白に近いピンクのサテンドレスを舐めるように見やる。
女を引き寄せて腕の中に閉じ込め、黒髪を掻き分けて形の良い耳に唇を寄せた。
びくりと体を強張らせた女に、宥めるように囁く。
『怖がることはありません。今からお前が相手をするのは、美しい金の髪と素晴らしい美貌の持ち主です』
そう言って顔を上げさせるが、女の表情は緊張したままだ。
何かに耐えているように瞼がきつく閉じられ、睫毛が震えている。
柔らかそうな頬に唇を寄せ、リップ音を立てて口付ける。
『ボンゴレプリーモで満足しなければ、その後私が相手をしてあげよう』
いかれ帽子屋は、美しい女の肩を抱いて歩き出す。
最高のショーを特等席で見るために。
前を歩く側近が、きつく拳を握り締めていたことには、気づかなかった。
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