恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


リラ デイブレイク 2


『痛みは引いたでござるか?』


 柔らかい笑みを浮かべる雨月を、ベッドの上で体を起こしたジョットはじとりと睨みつけた。

 狩衣姿の雨の守護者は、ジョットの視線を意に介した様子もなく、自分で淹れたと思われる日本茶を啜っていた。

 シャツの前を開け、素肌の腹を雨月から見えるようにする。


『これがそう簡単に引くと思うか?』

『思わぬなぁ』


 はははっと笑う雨月に、両肩が落ちる。

 ジョットの腹の上部中央に、黒が混じった赤紫色の痣。

 拳大のそれは、ナックルの次にU基地に合流したアラウディがジョットに会うや否やつけたものだ。


『内臓が全部出るかと思ったぞ…』

『機嫌が悪かったでござるなぁ』


 何があったのやら、とのほほんとしている雨月にこれ以上反論する気も起きず、ジョットはベッドの上に積んだクッションに凭れ掛る。

 当のアラウディは、ジョットの腹に拳をめり込ませた後、『いかれ帽子屋はどこにいるの?』と言って雨月の部下に案内をさせて行ってしまった。

 ノヴィルーニオの資料の中で興味深いものを見つけたらしく、カッペッレェリーアを尋問するらしい。

 未だ鈍痛を与え続ける腹を見てから、ジョットはシャツのボタンを留める。

 雨月に勧められて、湯呑みに口をつける。熱すぎない、美味い茶だった。


『Dの部下からの連絡を聞いたでござる。ユキが、ランポウの救出に成功したと』

『あぁ。ランポウが、無事でよかった』


 ジョットの言葉に、雨月は頷く。これで、G以外の守護者全員の安否が確認できた。

 Gのことは、心配していなかった。ジョットとユキが無事だと聞けば、瀕死だったとしても蘇るだろう。


『それにしても、今回の作戦で最も凄い働きをしたのはユキでござるな』


 ジョットが助けられるまでの経緯を思い出し、雨月は目を細める。

 ただジョットの恋人役で旅行をするだけでいいと言われて参加した作戦で、ユキがこれほどの働きを見せたことが信じられなかった。

 信じられなかったが、彼女の師の一人として、とても誇らしいことだと思った。


『そうだな。ユキは……凄いな…』

『ジョット?』


 力をなくしていくジョットの声。雨月は眉を寄せて手を伸ばしたが、触れる前に止めた。

 痛みを与える薬を投与し続けられたジョットの体は、見た目よりはるかに傷ついている。

 普通なら寝込んでもおかしくない状態なのに、こうして起き上がって話ができているのは、ジョットだからなのだろう。


『雨月…。俺は、ユキのしたことを凄いと思っているが……喜べないんだ』


 ジョットは湯呑みを持つ手に力を込める。

 ユキは、本当によくやってくれた。彼女のおかげでジョットは助かり、カッペッレェリーアを捕らえることができ、一旦は不利になった戦況をひっくり返すことができた。

 自分を助けてくれたのがユキだということが、嬉しかった。


『だが俺は、ユキのしたことが恐ろしい…』


 Dと共に現れたから、ジョットはユキがD基地で保護されていたのだと思っていた。

 だがDは一瞬苦笑を浮かべてた後、あっさりとそれを否定した。


『あんな……無茶なことをしていたなんて…』


 逃げた娼婦と間違われて捕まったなんて…もしばれていたら、何をされていたかわからない。

 Dと連絡をとった手段にしてもそうだ。夢の中に自分の意識を介入させるなんて、術士でもないユキにはリスクが高すぎる。 

 たまたま幻術の才能があったから上手くいったのであって、ひとつ間違えば二度と目覚めることができなかったかもしれない。

 そして、ジョットを助けるために、いかれ帽子屋の寝室に侍るつもりだったこと。

 それしか方法がないと、自分の意志で決めたこと。


『ユキは無事だった。笑っていた。だが…怖い。怖くて堪らないんだ…』


 ユキが自分を助けるためだけに、命も、心も、体も、犠牲にしようとしたことが、恐ろしくて仕方なかった。

 こめかみに汗を滲ませ、僅かに震える声でそう言葉を紡ぐ親友の肩に、雨月は今度は躊躇うことなく手を置いた。


『ユキは確かに無茶をした。あの娘は、己の才覚を最大限働かせて、持てる力を全て使って動いてきた。それはお前と、ボンゴレを思うからこその行動でござろう?
 無茶ではあったが、結果は全て良い方向に向かった。それも、ユキの…マフィアとしての実力ということでござるよ』


 ぽん、ぽんと肩を叩くと、ジョットが顔を上げた。

 オレンジ色の瞳が、まるで捨てられた仔犬のように潤んでいる。


『雨月…。娼婦のような真似をさせた俺を、ユキは嫌ったりしないだろうか?』


 なんだ、そっちか。思わず雨月は苦笑を浮かべる。


『私はユキではないからわからないでござるが…嫌われたら、手放すのか?』

『それは無理だ。嫌われたら、一生かけて償うが、俺の傍からは一生離さない』


 冗談のつもりだったのに、至極真面目な顔をして答えるジョットに、雨月は思わず吹き出した。





『本当に、我儘な男でござるな…お前は』





 頓珍漢な心配をする前に、自惚れれば良いのに。

 敵に体を捧げても、助けたい。

 それは、つまりはそういうことだろうと、何故考えないのか。

 そう思ったが、雨月は何も言わなかった。

 要らぬ心配をして悩んでいるジョットが、面白かったから。




 きっと、こんな彼はもうすぐ見られなくなる。

 そんな、気がした。








(アラウディ、帽子屋の尋問はどうだったでござるか?)

(…………話したくない。プリーモは中かい?)

(あぁ。悩める子羊中でござる)

(……何それ)








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