恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


ホーリーグリーン マーチ 3


『ユキもこの基地で戦ってる!?ってうおぉっ!』


 喋っている途中で、Dの部下の術士であるアリギエリに横抱きに抱えられて、思わず彼のシャツを握りしめた。

 切り揃えられた茶髪に銀色の眼鏡の青年は、僅かに眉を寄せてランポウを見下ろす。


『暴れないようお願いします。応急処置をやった意味がなくなりますので』


 基地の外では、まだ怒号と銃声が飛び交っている。その中をたった一人でここまで来て、ランポウと部下達を解放し、完璧な応急処置までやってみせた術士の手からなんとか逃れようと身を捩る。


『自分で歩けるんだものね! それより、早くユキを…』

『ランポウ様に無理をさせないように、とユキ様からのご命令です』


 ランポウの訴えをぴしゃりと一蹴して、アリギエリはすたすたと進んでいく。いったいこの細い体のどこにそんな力があるのか。

 それでもなお、恥ずかしいから降ろせと騒ぐランポウに、深い緑色の瞳がすっと向けられる。


『これ以上暴れるのなら、私なりの方法で強制的に大人しくしていただくことになります』
 平淡な声。この一見インテリ風の眼鏡の青年は、大人が泡を吹いて気絶してしまうほどどろどろした何かを幻覚で見せる術士だった。

 それを思い出したランポウがぴたりと動きを止めると、アリギエリはよろしいと言わんばかりに頷いた。


『先ほども説明しましたが、私の部隊と途中で拾ったL隊に陽動をさせておりますゆえ、敵の半分はそちらに向かったことでしょう』


 眼鏡の奥の、森のような緑色の瞳が、ふっと細められ、通路の先に向けられる。

 なんとなく、ユキがその視線の先にいるような気がして、ランポウも向いてみたが、アリギエリが倒したと思われるビルボファミリーの構成員が泡を吹いて倒れているだけだった。怖い。





『それに、ユキ様のお傍にはファビオ・ルティーニがついております』





 問題はないでしょう、と術士が告げた途端、遠くで爆音と共にオレンジ色の火柱が立ち上った。

 驚くより先に、薄紫色の空が視界に入った。








 いつの間にか、夜が明けていた。





* * *


 カッペッレェリーアの直属の部下が泡を吹いて倒れたのと同じ刻、ユキとファビオは敵を蹴散らしながら基地内を疾走していた。

 尤も、前を走るファビオがほとんどの敵を仕留めてしまうので、ユキはついていくだけなのだが。

 かつらを外した金髪が、動く度に光を孕んで浮き上がる。一撃で仕留めた敵が倒れるのを見据える、薄い碧眼。

 色彩だけは現在の上司、アラウディに似ていると言われてきたファビオだが、戦っている姿も、少しだけ似てきたように見えた。

 一番奥まった部屋で、中にいた敵を全て片付けた少年が振り返る。


『ユキ様。こちらです』

『うん』

『捜索はお願いします。敵がやってきますので、僕は止めます』


 頷いて、ユキは気絶したノヴィルーニオファミリーと思われる男達の体を跨ぎ越した。

 ファビオが戦っている音を聞きながら、しばらく室内をひっかきまわすと、南京錠のついた金庫のようなものが見つかった。

 銃を取り出して、二発。がちゃん、と音を立てて空いた金庫の中に手を突っ込むと、手のひらサイズの箱があった。

 ベルベットが張った箱を開ける。思った通り、お目当ての代物だった。


『ファビ! あったよ。ランポウのリング!』


 声を張り上げて、ユキは箱を丁寧に懐にしまう。


『ユキ様! こちらへ来てください!』


 返ってきた言葉に、ユキはすぐにファビオのもとへ走る。

 少年の指す先を目で追い、驚いた。

 遠くの森で、空に向かって火柱のようなものが立ち上っている。

 とても明るいオレンジ色の炎。呆然とそれを見ていたファビオは、すぐ隣から聞こえた短い溜め息に、振り返ってユキを見る。


『ジョットだ』


 そう呟いて口をへの字に曲げたユキを見て、ファビオは声に出さずにやはり…と呟く。

 美しいオレンジ色の炎の柱。普通とは明らかに違う、神々しささえ感じるそれは、ボンゴレの全構成員が身を案じていた、ボスのものに違いない。

 あの火柱は、全基地ユニットから見ることができるだろう。

 そして見た者には解るだろう。我らがボスは生きている。

 生きて、戦っていると。


 ふふっ、と笑う声に隣を見ると、ユキが眉を下げて微苦笑を浮かべていた。


『もう…休んでなきゃダメなのに』

『ユキ様…』


 しょうがないなぁ、と微笑むユキのその顔に、ファビオは見惚れた。

 これまでとはまた違う美しさは、彼女が自分の気持ちを自覚したことから表れたものなのだろうか。


 その時、銃声が三発続けて聞こえ、ユキとファビオは顔を上げた。


『アリギエリさんからの合図です』

『よし、こちらも陽動チームに合図を出しましょう。雷の守護者と、リングの奪還が完了したと』

『Si! Mio Aria!』





 ユキ率いる部隊が、L基地ユニットを完全に制圧し、ランポウとその部下達を救出したころ、全基地ユニットにその通達は届けられた。








 ボンゴレ全構成員ニ通達。

 ノヴィルーニオファミリー幹部・カッペッレェリーア ノ拿捕ニ成功。

 ボス及ビ ユキ様ハ 御無事。繰リ返ス、ボス及ビ ユキ様ハ 御無事。
 枷ハ無クナッタ。敵ヲ掃討シタ後、G基地ユニット ニ集合セヨ。








(この馬鹿ユキーッ!)

(痛いっ! ランポウ痛いよ!)

(し、心配させやがってだものね!)

(心配したのはお互い様だよ!)

(ランポウ様、今降ろしますからユキ様に抱きつくのはそれからにしてください。腕が痛いです)







next リラ デイブレイク