ミスト ミラクル アンド リリーフ 3
部下が持ってきたコートに袖を通したアラウディは、艶やかな青毛の馬にさっと乗った。
青い瞳が放つ視線が、すっと同じ色の瞳を射抜く。
『ルティーニ。覚えているだろうけど、ユキにはひとつの傷も許されないよ』
『は、はいっ!必ずお守りいたします!』
ん、と頷いて、アラウディ以下数名の部下達は、屋敷に向かうために馬を走らせた。
残されたユキとファビ、そしてD部隊の構成員達。
ユキは彼らの顔をひとりひとり見渡して、ふわりと微笑んだ。
『行こう』
* * *
『もう三日だぞ!どうするんだ!?』
『こうしていても状況は変わらない!動こう!森を抜ければ…』
『抜けてどうする!?ここから一番近いのはL基地だ!ノヴィルーニオに占拠されているはずだろう!』
『そもそも辿り着けるわけないだろう!武器もない、体力も削られている!そんな状態で…』
『術士もいないし連絡用の鳩も梟もないんだ!自分達の足で行くしかないだろう!』
もう何度、こんな言い合いをしただろう。
言い合うものの、この場にいる全員の気持ちは同じで、誰の言うことも間違っていない。
仲間に連絡を取らなければ。
ボンゴレに合流しなくては。
ランポウ様を救わなくては。
わかっているのに、そうしたいのに、どうすることもできない。
『また、自分を責めてるだろ?』
話しかけられて、ちらりと目を動かす。
隣に座った男が、残り少ない水の入った水筒を、飲むでもなく手の中で揺らしている。
そんな手の動きを目で追っていると、微かな苦笑が聞こえてきた。
この三日間で何度したかわからない後悔を、口にする。
『俺が少しでも武器を持ち出せれば…状況は変わったはずだ』
『そうかもしれんが、今更言ったところで変わらないだろう。危機的状況だったのは皆同じだったんだからな』
水筒の男はそう言って軽く伸びをすると、にかっと笑った。快活な笑顔だが、この三日で痩せた所為で少し頬がこけている。
『ぐじぐじ後悔してないで、奇跡か助けを待とうぜ』
『なんだよ…。奇跡か助けって…』
『天から食糧と武器が降ってくるとかー。女神が食糧と武器といい知らせを持ってくるとかー』
『……その二つの違いがわからないんだが』
軽く聴こえる言葉に、少しだが口元に笑顔が上ったとき、ばたばたとした足音が近づいてくるのが聞こえ、その場が緊張した。
『た、大変だっ!』
見回りに出ていた仲間だった。見知った顔に一瞬緊張が緩んだが、慌てたような言葉にすぐに引き締める。
『何だ!?』
『助けが来ました!ボンゴレの部隊です!』
わっと構成員達は色めき立つ。
『本当にボンゴレか?ノヴィルーニオか、ビルボじゃないのか?』
『違います!そんなわけありません!だって…』
『あ、いた!』
見回りの男の後ろから、花が咲いたような明るい声が聞こえ、水筒男はぼとりと水筒を地面に落とした。
聞いたことがある声だ。
一度聞いただけだが、一生忘れないだろうと確信した…あの声だ。
そう。あれは…キャバッローネ主催のパーティ。
『ははっ…。本当に来た……』
『奇跡と、助け…?』
青毛の馬が近づいてくる。7…否8頭。
月明かりに照らされた、藍色の旗が視界を掠める。つまりあれは、D部隊…?
眼前で、馬が止まった。
先頭の馬の上には、体に沿った白のシャツと黒のズボン。両足のホルスターとベルトにずらりと並んだナイフ。
風を孕んでふわりと浮き上がる濃い茶色の髪、マホガニーの瞳。
膝をついた。
周りに立っていた者が、皆同じように倣うのが音でわかった。
キャバッローネ主催のパーティで起こった、ボス暗殺未遂事件。
あの日のことを、ボンゴレはこう呼ぶ。
【風が吹いた日】
(風が背中を押すのなら立ち上がれる)
(何度でも、何度でも……)
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