恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


ミスト ミラクル アンド リリーフ 2


『ファビ!』


 名前を呼ばれて、少年は驚いたように目を見開いた。

 小走りに駆け寄ってくるユキを見とめると、門外顧問であるアラウディ付き兼、ボンゴレの郵便係…ファビオ・ルティーニは丸くした目をぱちぱちさせた。


『ユキ様…?』


 アラウディと同じプラチナブロンドを黒髪のかつらで隠した少年は、少し見ない間に背が伸びたようだ。


『久しぶりねファビ!ちょうどよかった。お願いがあるの。今ジョットとDが……っ?』


 言い終える前に、今にも泣き出しそうな顔のファビの手が、ユキの両手を包み込んだ。

 小刻みに震える手を、ユキはびっくりして見つめる。少年の手は、思っていたよりずっと大きかった。


『っ…。ユキ様…っ。よかった…ご無事で…』


 風が吹き、ふわりと浮いたファビの髪の毛がユキの額をくすぐった。

 俯いてしまったファビの肩が震えていて、宥めてあげたかったが、両手をきつく握られているのでできなかった。


『信じて、いたん…です。ユキ様はっ…きっと、ご無事だっ…て……』


 背けられた横顔には、アラウディと同じ水のような薄い青の瞳。

 本当に水を湛えているようで、波打つ水面のように瞳が揺れていた。


『信じていたけど…っ、でも……こわくて…』


 零れる言葉まで震えているようで、ユキは握られた手をきゅっと握り返した。


『ファビ…ファビオ……。ありがとう。私は大丈夫だよ』


 力が緩んできた手を、今度は自分が握りなおす。

 優しい少年に心配をかけてしまったことを詫びるように。感謝の気持ちが伝わるように、包み込んだ。


『ルティーニ』


 低い声で、アラウディがファビを呼んだ途端、少年は文字通りびくりと跳び上がった。


『はっ! 申し訳ございません!アラウディ様』


 びしりと姿勢を正すファビを、アラウディは横目で見据えた。


『何を詫びているんだい?』

『いえ、えと…。か、感極まってしまい…申し訳ありませんでした!』


 跪く少年の側近を、アラウディはしばらく無言で見下ろしていたが、やがて短く息を吐いた。


『許すのは今回だけだよ。…今からユキに付いていって』

『はっ! ……は?』

『へ?』


 揃って頓狂な声を上げたファビとユキは、顔を見合わせ、そしてぱぁっと瞳を輝かせた。


『アラウディさんっ。それってファビを私に……』

『返すなんて言ってないよ』


 ばっさりと両断され、二人は揃ってがくりと肩を落とした。

 それを呆れたように見やったアラウディは、アリギエリに一言二言話して、頷いた。


『行くところがあるんだろう?少しは使えるようになっているから、連れて行きなよ。僕は屋敷に行く』


 どうやらユキとファビが話している間に情報の交換を済ませていたらしい。屋敷というのはカッペッレェリーアの屋敷のことだろう。

 ファビ以外のアラウディの部下達も、やっと追いついたと言わんばかりの表情で、集まり始めていた。


『ユキ』

『はいっ』

『プリーモ、殴るから』

『はいっ?』


 目を丸くしたユキに、最強の守護者は憮然とした表情で目を伏せた。


『君に助けさせるなんて馬鹿は、殴って然るべきだよ』

『え、えーと…。止めても…』

『無駄。止められてやめるくらいなら宣言しない』


 ですよね、とユキは乾いた笑みを浮かべる。こう言っている以上、止めても無駄なのは間違いないだろう。

 だがジョットが捕まったのはユキとリングを逃がすためで、逃がしてくれたジョットを救うのは自分の役目だとユキは思っていた。


『じゃあ。私も殴られなきゃですね』

『もうやったよ』

『あ』


 思い出して、ユキは自分の腹に手をあてる。

 もう痛みは引いていた。きっとジョットを殴るときは、こんなに手加減はしないだろう。


『あの、ジョットは怪我をしてるから…だから無理は……』

『ユキ様っ!』


 ファビが焦ったようにユキのシャツの袖を引く。

 はっと口を閉じてアラウディを見ると、眉間の皺がさっきより二本も増えている。


『ユキ』

『はいっ』

『終わったら…』

『林檎!』


 合言葉のように間髪いれずに答えたユキに、兎型の赤い林檎が好物の最強の守護者は、ふっと相好を崩した。


『約束』

『はい!必ず!』

『うん。それなら、手加減してあげないこともない…』