シャドウブルー ディンドン 3
《お前がここにいたいなら、俺が守る》
助けてくれたことが嬉しかった。
未来から来たことを、信じてくれたことが嬉しかった。
《困ったことがあれば遠慮せずに言うんだぞ。お前も、もうボンゴレファミリーなんだからな》
屋敷での仕事を与えてくれたことが嬉しかった。
ファミリーだと言ってもらえて、嬉しかった。
《ずっと、一生…守ってやるから》
感謝を伝えることができて嬉しかった。
守ってくれるという、その言葉が嬉しかった。
《この馬鹿!!こちら側には入るなと言ったはずだ!》
叩かれた頬が痛かった。
怒りに燃えた瞳が、私を見て悲しそうに揺れたのが辛かった。
殴らせてしまったことが、どうしようもなく辛かった。
《危険な目に遭いたくないのなら、プリーモに迷惑をかけたくないのなら、自分をボンゴレと思わないでいればいい》
迷惑をかけるのは嫌だった。
迷惑をかけてしまうほど、自分は弱く…甘いのだと、自覚することが辛かった。
《ユキ。お前の覚悟…しかと受け取った》
忠誠の証しの口づけを、受け入れてくれたことが嬉しかった。
《へーじゃないぞ、ユキ。お前も出るんだからな》
貴方のパートナーなんて務まるのか、と不安になった。
《寂しくないさ。お前がいるからな》
いつも以上に素敵な貴方に、そんな軽口を叩かれて慌てた。
恋人がいない事実に……安心した。
《ユキ。お前はここにいる誰よりも綺麗だ》
あの場にいる誰よりも、貴方が素敵だと、最後まで言えなかったことに後悔した。
貴方の手を取って踊れたことが、嬉しかった。
《よく俺を守ってくれた。ありがとう、ユキ》
感謝されたことが嬉しかった。
貴方を守ることができて、涙が出るほど嬉しかった。
《ユキ、2人で旅行に行かないか?》
作戦に参加させてもらえることが嬉しかった。
《恋人同士のように振舞ってもらわなければならない。この旅行も、大事な作戦の一部だからな》
作戦のために、恋人のふりをしてくれと言われたような気がして、もやもやした。
《俺が奴らの前に出て引き付けるからその間に逃げろ》
貴方を守りきれるほどの実力が、自分にないことが悔しかった。
貴方が敵に捕まってしまうかもしれないのに、ひとりで逃げることが辛かった。
貴方の判断は正しいのに、嫌だとすがってしまいたくなった自分が情けなかった。
《ジョットを救うためなら、私はどんなことをされたとしても、必ず奴を殺すよ》
初めて、人を殺すことを決めた。
敵の寝室に侍るのは……怖くて仕方がなかった。
それでも、貴方を救えるのなら、なんだってできると思った。
《今宵はこの娘に、ボンゴレプリーモの相手をさせてはいかがでしょう?》
貴方に会えると思うと、震えるほど嬉しかった。
《はじめまして……ボンゴレ、プリーモ様…》
貴方に会えたことが、嬉しかった。
貴方が無事だったことが、嬉しかった。
貴方が怪我をしているのは、自分を逃がしたためだと思うと、辛かった。
《近寄るなっ!!》
拒絶されたことが、辛かった。今まで見たことがないほど冷たい拒絶。
自分に言われたのではないとわかっていても、貴方にそんな目で見られたことが辛かった。
触れられながら、苦痛に満ちた貴方の顔を見るのが辛かった。
《無事で、よかった…》
《あぁ…。ユキも、無事で……》
貴方の笑顔が見られて嬉しかった。
貴方を助けることができて嬉しかった。
貴方にボンゴレリングを返すことができて嬉しかった。
貴方に会えないことが辛かった。
貴方に会えたことが嬉しかった。
貴方に、貴方の、貴方を、貴方が……。
あ……今、わかった。
私の心は、とっくに貴方でいっぱいだった……。
* * *
『ぐっ! ……ご、ほっ』
背中から地面に落ち、咳き込む。目を開けると、腹部に痛みが走った。
今のはなんだろう。一瞬意識が飛んだ拍子に巡った、走馬灯だろうか。
なんだってかまわない。
わかった。……わかったよ、ランボルギーニさん。
『ぐっ!』
腰の上に重みを感じ、目を見開く。そうだ、戦っている最中だった。
寝転んだユキの上に男がいた。起き上がろうとしたが、男の両膝がユキの腰を挟んでがっちりと固定していた。
見上げても、男の顔は未だわからないが、ぎらりと光る武器が掲げられたのを見て、ナイフを持った両腕を胸の前で組んで防御の態勢を取る。
しかし、がつん!という鈍い音と共に、両腕が跳ね上げられる。ナイフは吹っ飛び、ユキは唇を噛んだ。
ここでやられるわけにはいかない。
やっと、やっとわかったのに!
再び武器が掲げられて、ユキは反射的に目を閉じた。
すると、がしゃん、という音が聞こえ、両手首に金属の冷たい感触がした。
『君にこれを掛けるのは、二度目だね……』
男が初めて発した言葉に、ユキは目を開けた。
自分の上に乗っている男。彼を隠していた雲が晴れ、月明かりがその全身を照らす。
艶やかな黒い髪と、冷水のような薄い青の瞳。
自分の両手にかけられたのが手錠だと気づいたユキは、目を限界まで見開いた。
彼女の上で、とても楽しそうに不敵な笑みを浮かべているのは、なぜか黒髪になっている……ボンゴレ最強の、雲の守護者だった。
(死を間近に感じたとき、彼女はやっと自覚した)
(無意識に思ったのだ……後悔したくない、と)
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