恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


シャドウブルー ディンドン 2


 よくあんなことができたものだ、と自分のしたことを思い出して真っ赤になる。


(なるべく体重かけないようにしたんだけど…重くなかったかな……。ていうか私、ジョットの上に乗っ……乗っ!?)


 恥ずかしさで気絶しそうになる。

 なんであんなことができたんだ。何か自分ではないものが乗り移っていたに違いないとさえ思ってしまう。

 否、化粧とドレスと気合いと……ただ彼を助けたい一心だっただけだ。



 自分が何を言ったのかはほとんど覚えていないのだが、目の前にいたジョットの顔はよく覚えていた。





 辛くて、苦しくて……いっそ死んでしまいたいと言わんばかりの、あの表情。





『…っ』





 胸が、つきん、と痛んだ。





『……様。…ユキ様?』


 自分の名前を呼ぶ声に気づき、ユキははっと目を瞬かせた。

 心配そうにこちらを見ているD部隊の構成員に、問題ない旨を伝える。構成員はまだ心配そうにしながらも頷き、広げた地図を示す。


『ランポウ様が逃がした部下は、L基地のあるポイントからこう、南東へ迂回する形で逃げたものと思われます。そうすれば、ノヴィルーニオからもビルボからも追撃を逃れ易いので』


 南東を指して話す構成員に、ランプに照らされた地図を見ながらユキは静かに頷く。

 情報によれば逃げたランポウの部下達はろくに武器も、食糧も持ち出せぬまま逃げたらしい。

 逃げた先は他の基地ユニットのどこからも遠く、目指そうものならノヴィルーニオかビルボとの交戦は避けられない。よって、逃げた場所からあまり離れることなく潜伏しているだろうとあたりを付けたのだ。


『わかった。じゃあ急ぎましょう。ランポウを助けるにはL基地の内部に詳しい彼らの協力が不可欠だから』


 急かすように地図を閉じるよう促すユキを、構成員達は不思議そうに見る。


『ユキ様。そんなにお急ぎにならなくても、もうカッペッレェリーアはボンゴレの手中です。ボスもユキ様もご無事だと、術士達が他の基地への連絡も始めておりますし、大将が落ちたとなればノヴィルーニオもビルボもボンゴレに逆らおうとは…』

『だめ』


 ユキは遮った。驚く彼らの目をまっすぐ見据えて、ユキは静かに言葉を発する。


『【物置】にいたとき、友人達に協力してもらった情報収集の結果なんだけど、あのいかれ帽子屋はいかれ帽子屋だけど、部下からの信頼がとても厚いの』


 そこでユキは、物音が聞こえた気がして言葉を切る。

 耳を澄ませてみるが、何も聞こえない。周囲の様子を見に行った構成員の立てた音だろうと思い、話を続けることにする。


『帽子屋をボンゴレが捕らえたという情報は、ビルボと帽子屋直属でないノヴィルーニオの部下を降伏させることはできると思う。けれどカッペッレェリーアの部下達の行動は読めない。逆上したりしたら、一番危ないのはランポウだと思う…』


 そのとき、草むらがガサササッと揺れる音に、全員がびくりと反応した。

 音のした方向を見ると同時に、地面に何かが倒れこむ音と共に、草の塊から腕が飛び出した。


『!?』

『どうした!? 何があった!?』


 ユキの傍に立つ構成員が声を張り上げるが、腕はぴくりとも動かない。

 代わりに、その腕のすぐ近くから叫ぶような声が飛んできた。


『襲撃です! 自分以外の二名、やられました!』

『なんだとっ!? 敵の数は!?』

『散開して!』


 構成員が問うと同時にユキが指示し、その場にいた全員が戦闘態勢になる。


『おそらく一名! し、しかし目で捉えることが…ぐあぁぁっ!!』


 叫び声と同時に、ユキの目の前の草むらから黒い影が躍り出た。

 長い手足の人影は、暗闇の中まっすぐユキへと向かって走ってくる。

 電気が流されたかのような殺気を感じ、ユキが両足のホルスターからナイフを抜いたとき、周りにいた三人の構成員が敵に向かっていった。


『ユキ様に手を出す…ッ!』


 言葉を発し終える前に、三人の構成員の体は糸が切れた人形のように地面に倒れこんだ。





 敵が何をしたのか、わからなかった。





* * *





 私は、ここで死ぬのだろうか。

 きっと死ぬのだろう。だって私は、この男には勝てない。

 投げたナイフも、斬撃も、突きも、蹴りも……全てかわされる。受けられもしない。

 その一方で、相手の攻撃は避けるのに、受け止めるのに精一杯だ。

 否、それすらできていない。避けてもかすり、攻撃を受け止めた腕は未だびりびりと痺れている。



 相手が、一瞬月明かりに照らされた。

 すぐにまた見えなくなったが、瞬く間に視界にを掠めたのは黒い髪。さらりとした、黒髪だった。

 だがそんなことはどうでもいい。

 この男を倒さなければ。この男は構成員達を一瞬で殺した。交渉の余地などない。


『っ、やあぁぁっ!』


 なのに、なのに……一撃も当たらない……。


『く、そおぉぉっ!!』


 悔しい。

 悔しい。 情けない。

 こんなにも弱い自分が……悔しくて情けない。


『ぐっ…!』


 瞬間、武器を握った男の拳が叩き込まれ、ユキは息を詰まらせた。








《貴女は何が嬉しくて…何が辛かったのですか?》








 声が聞こえた。

 もう二度と会うことはない、じゃがいもの皮を剥きながら聞いた……ランボルギーニの声だ。