ミモザ フォー ミー? 3
『よしっ!』
突然の大きな声をあげると共に、ユキが勢いよく顔を上げる。
マホガニーの瞳はもう潤んでおらず、満面の笑顔がそこにあった。
『ジョット。私行くねっ』
『え?』
驚いて問い返す間もないまま、ユキはすっと立ち上がり、ジョットに背を向けた。
部屋の入り口には、Dの傍に数人の、ボンゴレとわかるスーツ姿の男が立っていた。
近づいていくユキに気づくと、男達はさっと姿勢を正した。
『ユキ様。ご無事で何よりでございます!』
『屋敷の制圧は完了し、周辺のノヴィルーニオが絡む屋敷にも、すでに部隊を送ってあります!』
ユキが問うより先に報告を始めたD部隊の構成員。彼らに笑顔を向けてから、ユキはすっとDへと視線をずらす。
『D…。ジョットをお願い』
『私がですか?』
わざとらしく嫌そうな表情を浮かべる霧の守護者に、ユキは真面目な顔で頷いた。
『そう。私じゃジョットの護衛には役不足だもの。…その代わりといってはなんだけど……』
言葉尻が萎んでいくユキに、Dはわかっていますよと言わんばかりの笑みを向けた。
『この屋敷にいるD部隊は貴女の好きに連れて行きなさい。貴女の裁量は信用していますからね』
『ありがとう。じゃあ……』
ユキが視線を戻すと、D部隊の男達がびしっと背筋を伸ばした。一番前に立つ男が、書類を読み上げるかのように話し出す。
『現在この屋敷には30名、もうすぐ【物置】へ向かった班と周辺の屋敷へ向かった班の半分が戻ってくるはずです』
『わかった。じゃあ貴方を含めて10人…人選は任せるから、半分に馬の準備をさせて、残りは武器の用意と……えっと、この島の地理に一番詳しい人を呼んでもらえる?』
『ユキ様。屋敷にいる者の中では私が一番詳しいはずです』
『じゃあ地図を広げられる場所を確保して、すぐ打ち合わせをしましょう』
ユキがにっこり微笑むと、男は慌てたように瞬きをした。
『ユキ様。まさか他の部隊に通達に向かうおつもりですか?ユキ様が行かれなくても、今頃術士の班が他の班に連絡する準備を始めているはずですが…』
『えぇ。だから連絡は術士の皆に任せて、私達はランポウが逃がしたL部隊の構成員達を回収して……雷の守護者を助けに行きます』
『っ!』
息を呑んだ男に、ユキはにっこりと笑いかけ、そしてジョットの方を振り返る。
ほうけたようにソファに座ったジョットを見て、一瞬だけ名残惜しそうに眉を下げたが、すぐにいつものふわりとした笑顔を見せた。
『まだ終わっていないから…。だから、行ってきます。ジョット』
流れる濃い茶色の髪、マホガニーの瞳、少し崩れたいつもより濃い化粧。
娼婦のようなサテンドレスは裾も胸元も破れていたが、彼女はそれでも美しかった。
彼女はそれでも……ボンゴレだった。
がきん、と音が鳴ったと同時に右足が軽くなる。
いつの間にか傍に膝をついて、繋がれた鎖を断ち切ってくれたDに、ジョットは顔を向けた。驚きとも困惑ともつかない表情が、自分の顔に浮かんでいるのはわかっていた。
『D…。ユキは…、あんな女だったか…?』
聞きようによってはもの凄く間抜けに聞こえる質問に、最後の鎖を断ち切ったDは、笑顔を消して長く長く息を吐いた。
『あんなにいい女になったのは…誰のためなんでしょうねぇ……』
後にボンゴレの歴史に刻まれるカプリ島紛争。一度は劣勢に陥ったボンゴレが、この時から息を吹き返す。
まだ止むわけにはいかない。
ボンゴレの風は、まだ走ることを止めるわけにはいかなかった。
(とりあえず、武器を探すついでに私が着られそうな服も探してもらえるかな?)
(………)
(貴様らァッ!その目を潰されたくなかったら今すぐ散れぇっ!!)
(っ申し訳ありませんッ!ボスッ!!)
(おや、思ったより元気ですね。プリーモ)
next サハラ フォー ユー!
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