恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


ミモザ フォー ミー? 2


 ボンゴレリングが、戻った。





 ジョットは久しぶりに中指にかかった指輪の重みが、静かに体に沁み渡るのを感じていた。

 これは、捕まる前にユキに預けたはずだった。再会の約束を交わして。

 それがここにあって、俺は生きていて、すぐ傍にいたはずの女は…いかれ帽子屋を刺して、ユキになった。


『ユキッ!』


 立ち上がろうとしたが、鎖に引っ張られてできなかった。だが今出る限り最大の声を張り上げると、濃い茶色の髪が揺れ、ユキが振り返った。


『ジョットッ!』


 あぁ……ユキだ。

 ふわりした、風のような笑顔。ずっと求めていた、たったひとりの女性。

 無事でいてくれて…よかった。


『何をしている!撃て!この女を殺しなさい!』


 壁に磔にされたカッペッレェリーアが大声をあげる。その声の先にいる側近が、かちりと撃鉄を起こすのを見て、ジョットは腕に繋がれた鎖を引き千切ろうと手をかけた。

 だがそれよりも早く、側近が標的に銃口を向けた。


『がっ!ぎゃああああっ!!』


 二発の銃声が響いた後、叫び声を上げたのはカッペッレェリーアだった。

 両足を撃ち抜かれた帽子屋は、四肢の機能を失い、痛みに喘ぎながら床に崩れ落ちた。


『ヌフフッ。いいざまですよカッペッレェリーア。そこのプリーモの間抜け面に勝るとも劣らない』


 特徴的な笑い声を上げた側近の体が、一瞬で霧に包まれる。

 それが晴れたときには、彼が間抜け面と言ったジョットの顔は驚きの表情に変わっていた。


『D!』

『霧の…D・スペード! まさか…守護者とボスの女が、二人だけで救出にくるとは……』


 特徴的な髪型に、片方にスペードのマークが浮かぶオッドアイ。

 側近の肉体の上に自分の姿を幻覚で映したDは、荒い呼吸を繰り返す帽子屋に笑いかける。


『私は正直プリーモのことはどうでもよかったんですが、ユキが力を貸して欲しいと頼んできたので、聞いたまでです』


 そう言ったDは、緩やかな足取りで帽子屋に近づき、顎を上げて見下した。


『ヌフ。貴方はわかっているでしょうが、認めたくないようなので私の口から改めて言ってあげましょう。貴方の計画は、ここにいる【Aria di Vongola】のユキによって崩された。貴方が見下して何もできないと思い込んでいた女に、貴方は負けたんですよ』


 愕然としたカッペッレェリーアの瞳が色を失うのを心底楽しそうに眺めたDは、銃口を窓に向け、二枚の窓ガラスを撃ち抜いて割った。

 すると、階下と外で、争うような声や銃声が響き始めた。

 外にDの部下が待機していたのか、と理解したとき、ソファが小さな音を立てて軋んだ。

 目の前が、柔らかなマホガニー色でいっぱいになったかと思ったら、ユキの瞳に自分の瞳が映っていた。


『ジョット…』

『ユキ……』


 名前を呼ぶと、ふわりと微笑む。

 すぐにでも抱き締めたいと思っているのに、体が全く動かなかった。拷問により負った怪我は治っていないが、さっきまでは動かすことができたのに。

 Dがいかれ帽子屋を縛り上げる音が聞こえて、気づいた。

 カッペッレェリーアは捕らえられ、守護者であるDがいて、生死さえわかっていなかったユキが今は目の前にいる。



 安心、したから……か。



『ユキ…』


 心配そうな表情のユキに、笑いかける。彼女に笑いかけるのは…いや、笑顔を浮かべるのは久しぶりすぎて、頬の筋肉が痛む。

 きっと引きつっているだろう顔を見たユキは、くしゃりと微笑んだ。


『ジョット……ッ』


 伸ばされた手が、ぴくりと止まった。腕が重くて、その手を取ることができない自分に悔しくなる。

 ユキは少し痩せたようだった。手や腕には細かい傷がたくさんついているが、大きな怪我はなさそうだった。


『無事で、よかった…』

『あぁ…。ユキも、無事で……』


 同じことを言って、お互いに安堵の笑みを交わすと、ユキのマホガニーの瞳が一瞬のうちに水を湛えた。

 本人も気づいたのだろう。慌てたように下を向くユキに、なんとか触れたくて手を伸ばそうとしたが、弛緩しきった腕は全く上がらない。

 やっと会えたのに触れられないなんて、なんと皮肉なことだろう。



 そこまで考えて、はたと目を瞠る。



 下を向くユキが着ているのは、あちこち破れているが、白に近いピンク色のサテンドレス。





 先ほどまで、自分が一心不乱に触れていたのは……