恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


ラズベリー メリー アンバースディ 2


 ジョットは拳をきつく握ったが、側近の視線を受けるうちに、ゆっくりと力を緩めた。

 自分の行動で、目の前の女が死ぬなどあってはならない。



 ジョットは顔を上げて、再び女に視線を向けた。

 ゆっくりこちらに歩いてくる、美しい女。

 艶やかな長い髪は、触ったら冷たそうな黒。青い瞳は泣きたいのを我慢しているかのように揺らめいていた。



 この女を抱くしか、道はないのか。

 罪もない、捕らわれの女を抱いて、カッペッレェリーアを満足させるしか、自分にできることはないのか。

 俺はこの女を…捕らわれていた女達を、助けるためにここにいるのではなかったのか。

 抱くことでしか、この女を救えないのならば…こんなにも無力なことはない。



『泣かないで』


 耳にふわりと届いた声に、はっと目を瞠る。

 気づいた時には、女はすぐ前にいて、ジョットの頬に手を触れていた。

 嫌な感じはしなかった。それが当然であるかのように、触れることを受け入れていた。


『泣いてなどいない…』


 かろうじてそう呟くと、ジョットを見下ろしていた女はふわりと微笑んだ。

 少し困ったような笑顔。東洋が混じった顔立ちは、どこかユキを思い出させる。


『お前、名前は何と言った…?』

『アリーチェと、申します』


 細く柔らかい女の腕に、包み込むように抱きしめられる。

 甘い香りが、脳に痺れをもたらした。そんな気がした。


『アリーチェ…』

『はい。この名を忘れないで…』


 耳に直接注がれる声を聞くと、酔いのような感覚がジョットの体にまとわりついた。





『この名があったから、私はここにいるのです…』





 慈愛に満ちた言葉の意味は、ジョットにはわからなかった。





 ギシ、とソファが軋み、ジョットはびくりと体を強張らせた。

 二人が座っているソファは、セミダブルのベッドほどの大きさがある。

 アリーチェはジョットの頭を抱いたまま、彼の膝の上に跨った。

 向かい合わせに座った女の重みを感じて、ジョットは痛む胸を押さえた。



 他に道はないのに。

 わかっているのに、こんなにも苦しい。



 アリーチェの手が、優しくジョットの手をシャツから離させた。少し荒れた、けれど柔らかい手だ。


『触って、ください…』

『ッ…』


 握られた手が女の太股へと導かれ、ジョットは息を呑む。

 滑らかなドレス越しの、あたたかさと柔らかさに頭がくらくらする。

 アリーチェの体で隠されて見えないが、それでも感じる舐めるような視線。

 あのいかれ帽子屋が、舌なめずりして自分達を見ていると思うと吐き気がした。