恋物語カプリ島奪還作戦編 | ナノ


マラカイトグリーン デュランダル 3


『D・スペード様の他人の肉体に憑依する能力…。まさか本当にお目にかかれるとは思っていませんでした』


 興奮しているのか頬が紅潮しているカルロッタに、見張りの男に憑依したDはにっこりと笑みを向ける。


『おや、私の能力を信じていなかったのですか?カルロッタ嬢』


 その目が笑っていないことに気付いたカルロッタは、慌てて妹を突き倒す勢いで隣に座らせ、自分も跪いた。


『D・スペード様。私達姉妹、及び父が至らないばかりにこのような事態を招いてしまい、お詫びのしようもございません』

『ヌフフ。ビルボの寝返りは、半分はプリーモの所為ですからね。私の言う通りファミリーの人間を皆殺しにしていればこんな事態は避けられたはずだったんですが』


 皆殺しという言葉をあっけらかんと口にするDに、ローザはぎょっとし、姉妹は跪いたままびくりと震えた。

 姉妹を楽しそうに見下ろすDの脇を、ユキが肘で小突く。

 無言でじとりと睨めつけられたDは、やれやれと笑って肩を竦めた。


『まぁ、貴女達姉妹は情報提供と、ユキが世話になったことを考慮して不問とするつもりですよ』


 ありがとうございます!と跪く姉妹に顔を上げるよう促しているユキを見て、ローザは気になったことを訊いてみることにした。


『ユキの顔が変わったのって、あんたの仕業なわけ?』


 胡散臭そうに目を細めるローザに、Dは黒くなったユキの髪を一房手にとって口づける。

 普段屋敷にいればよくあることなので、ユキはそうされても特に気に留めなかったが、ローザは不快そうに眉を寄せた。


『この男のような使いっ走りはともかく、カッペッレェリーアとその近くにいるノヴィルーニオの人間はユキの顔を知っていますからね。幻術で変えたまでのことです。アリーチェという女はイタリア人とアジア人とのハーフだそうですからね』


 見張りの男の姿である自分を指して言うDに、ローザは渋い顔で頷いた。

 幻術や憑依なんてものを簡単にやってのける目の前の男のことは、受け入れ難くて仕方がなかったが、ユキが頼りにしている様子なので口には出さない。

 事実、この霧の守護者と呼ばれているらしい男と連絡が取れたことで、ローザが一番懸念していたプランBの決行がなくなったのだから。


『ヌフッ。ではユキ。私は残りの見張りを片付けて、術を使って部下と連絡を取りますからここで少し待っていてください。この場所は思っていたよりD基地ユニットに近い……三時間もかかりません。五人、ここに寄越します』


 すらすらとそう言って、Dが部屋を出て行くと、数十秒時間をかけて彼の言葉を理解した女達から一斉に歓声が上がった。

 ぽかんとDが出て行ったドアを見ていたローザも、緑の瞳を輝かせてユキに抱き着いた。


『助かるっ!あたし達助かるのね!』

『ああそうさ!ここから出られるんだよ!』


 女達が口ぐちに喜びの声を上げる中、ローザは顔を上げてユキを見る。

 今はマホガニーではなく、青い瞳が柔らかく細められ、きゅっと小さく抱き締められる。


『ありがとう…ユキ』


 感謝で、胸がいっぱいになって、口から零れた。

 そんな感じだった。

 耳元でくすりと笑う声が聞こえて、優しい言葉が降ってくる。


『時間がかかって、ごめんね』


 苦笑交じりの声に、がばっと顔を上げる。


『ごめんじゃないのよ!』


 怒ったようにそう言ったローザは、きょとんと目を丸くしているユキの頭を、今度は自分がかき抱いた。

 ごめんなんて言う必要などないのに。

 ユキがいなければ、フランスに売られていた。

 娼婦の自分も、娼婦でない普通の娘も、知り合いの誰もいないフランスの地で、体を売る生活をする羽目になるところだった。

 それを救ってくれた。必ず助けると、希望をくれた。

 そして、助けは確実なものとなった。

 感謝してもしきれない。


『ありがとうなの!ありがとうっつってんのよ!ごめんとかないのよ!』

『……うん。ありがとう、ローザ』



 この子って、ほんと…。

 なんであんたまでありがとうって言うのよ。



 苦笑したローザは、体を離してユキの両肩に手を置く。

 彼女には、まだこれから大仕事が待っている。


『さ、あたし達っていう肩の荷が降りたところで、とっとと行ってきなさいよ』


 ユキの体をくるりと回転させ、ローザはその背中に笑いかける。

 茶色もいいけど、黒髪も似合う。

 心配する気持ちはある。でも、ユキはマフィアなんだ。

 誇りと、仲間と、命を懸けて助けたいと望むボスがいる…ボンゴレというマフィアなのだから。



 きっとこの子は、それに恥じないよう走るのだろう。





『いかれ帽子屋なんかぶっ飛ばして、大事な人を取り返してきな』





 大きく頷いて出て行く背中を、一生忘れないだろう。








(そう呼ぶにはあまりにも高潔な彼女)








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