三つ華 試験編 | ナノ


22


 早朝の空気は少しだけきりりと冷たい。

 窓に張られた障子越しに伝わるそれを感じながら身支度を済ませた鈴は、朝餉を取るために部屋を出た。おそろしく長い廊下を歩いている途中、角から現れた人物に驚いて、足を止める。


「白哉様」


 目を丸くした鈴の視線の先には、四大貴族の一、朽木家の二十八代目当主である朽木 白哉の姿があった。

 会釈した鈴に、白哉はひとつ頷いてくるりと踵を返し、言った。


「鈴、私の部屋へ」

「は?」

「朝餉の用意をさせてある」


 聞き返す鈴にそれだけ言って、白哉は音も立てずに歩みを進めた。

 それが現当主直々の朝餉の誘いだと気付いた鈴は、足早に白哉の背中を追いかけたのだった。



* * *



「一次試験の兄の成績だが…次席とのことだ」

「え? あ! ……え?」


 驚いた拍子に、鈴はぽろ、ときれいに骨を外した鯵の身を箸から落とした。幸い落としたのは魚用の角皿の上だったので、食べるのは後回しにして顔をあげる。


「なぜ白哉様が自分の成績をご存知なのですか?」

「当家に連絡が来たからだ」


 愚問だと言わんばかりの返しをされて、鈴は苦笑いを浮かべて味噌汁を啜り、先ほど落とした鯵を口に運ぶ。

 一次試験の一ヶ月前、鈴に護廷十三隊からの退去命令が出た。理由は筆記試験の問題作成期間による不正防止のため。当然のことだと納得したが、すぐに問題に直面した。試験終了までの寝場所の確保だ。

 隊舎からほとんど出たことがなく、無給の雑用であるため無一文な鈴に手を差し伸べたのが銀嶺だった。

 護廷十三隊とまったく無関係なわけではないのだが、四大貴族である朽木家に不正の疑いをかける者がいようはずもなく、鈴の下宿先はあっさり決まった。

 現当主の許可は得てあると言われて、安心して少ない荷物を持って鈴は朽木家に登城した。

 だが、挨拶に行って目にしたのは、目を見開いて驚く現当主だった。白哉は銀嶺から、しばらく友人を泊めたいとしか聞いていなかったという。

 確かに友人は友人なのだが、説明不足すぎるだろう。と、にこにこと銀嶺が見守るなか鈴と白哉は互いにほぼ無言で初対面の時を過ごした。

 鈴が虚から朽木家の従者を救った話は知っていたらしく、これが返礼となるだろうと改めて許可をもらい、試験までの日々を鈴は朽木家で過ごした。

 白哉は隊長業務のため不在の日が多かったが、それでもたまに食事を共にしたり書庫で顔を合わせたりとしているうちに、普通に会話ができるほどには打ち解けた。

 今も、この場に銀嶺はおらず二人だけの朝餉である。白哉が言うには、本日行われる二次試験の観覧席を得るため一番隊に出向いていったとのことだ。

 朽木家では使用人や従者達も鈴を応援してくれていて、思わず口元が綻ぶ。頭の固い(と女中達の間で言われている)筆頭家老からも「白哉様と銀嶺様に恥じぬよう努めなさい」という言葉を頂戴した。

 今日は二次試験、鬼道と白打の試験だ。

 漬物を飲み下し、お茶の椀を持って、鈴は思い出したように白哉に声をかけた。


「白哉様。出る前に緋真様にご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」


 ゆるく微笑んだままの鈴をしばらく眺めて、白哉は目を伏せた。


「緋真も、喜ぶだろう」



* * *



「やっぱ俺運いいわ」


 今しがた試験官の持った袋から引いた紙を見下ろし、竜胆は唇の端を吊り上げた。


 二次試験の会場は鬱蒼とした森のような演習場。入り口で分けられたのか、この場にいるのは百数十人、一次合格者の三分の一といったところだ。

 そのうちの半数が前に呼ばれ、順に数字の書いた紙を引かされた。二次試験は二人一組、紙に書かれた受験番号の相手と組むように、と声がかかる。

 残り半数の受験者が首から提げている、間抜けな札に書かれた番号を探し回る同期達の間をすり抜け、竜胆は真っ直ぐに自分が組む相手の方へと向かった。

 近づいていくと、おや、と言うように眉を上げた黒髪に向かって手を上げる。


「五○八番、みーつけた」








(嬉しそうに、とても嬉しそうに笑う男だと、思った)





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