三つ華 試験編 | ナノ


21


 立石 竜胆と名乗った男の後ろについて、鈴は階段というほどでもない段差を上る。自分の席がある段に着き、ちらと顔を上げると竜胆もこちらを見ていた。

 少し茶色がかった黒の目を細め、屈託のない笑顔を浮かべて手を振って、竜胆は更に上段にある自分の席へと向かった。

 揺れる栗色の髪を見送って、鈴は自分の席へ着く。先ほどまでの一連の出来事はなんだったのだろう。鈴にはわからなかった。

 出がけに、応援に来たというやちるの相手をしていたら遅くなってしまい、なんとかぎりぎりで試験会場にやってきたらこの騒ぎだ。

 当然のことなのだろうが、この部屋にいるのは鈴以外は全員、真央霊術院の生徒のようだ。霊圧の影響を与えてしまうから、と鈴が入ることを許されなかった学校。

 死神になるための教育を受けてきた彼ら(の一部)に、なぜ絡まれることになったのか不思議だ。何か勘違いされていたようだが、訂正する隙がなかった。そして段々面倒くさくなっていった。席に着かせてほしかった。そう言おうとしたとき、竜胆が現れた。

 整った顔から零れる、爽やかな笑み。他の生徒の様子からして、生徒達の中心人物なのだろう。

 実力も高いのだろうか、と鈴は考える。更木隊にいた所為か、鈴も相手の強さが気になるようになっていた。



 がらりと扉が開き、死覇装を纏った死神が入ってくる。室内が一瞬で静まった。


「これより、一次試験の問題用紙を配る」


 その言葉に鈴は目を閉じて思考を止め、これからの試験のために集中した。





* * *





 ま、こんなもんだろ、と竜胆は筆を置いた。体内時計では、試験時間の半分を越えたばかりというところだろう。竜胆以外は誰も筆を置いていなかった。完璧に埋めた解答用紙を見下ろし、悦に入る。試験に対する予想は九割的中した。同級達に渡した問題も。尤もひっかけ問題として出てきたから、正解者は六割といったところだろう。

 欠伸が堪えきれなくなってきた。このまま突っ伏して寝てしまおうかと考えながら目を瞬かせると、黒髪の後ろ姿が視界に入ってきた。筆を握ったまま用紙を見下ろす鈴の右頬の刺青が、竜胆の席からよく見えた。

 すっと伸びた背中を見るともなしに見ていると、鈴は少しの間じっと解答用紙を見つめた後筆を置いた。

 竜胆は眉を寄せる。速さもそうだが、鈴の様子に微塵の焦りも見られないことを怪訝に思う。入隊試験に落ちた経験のある人間の様子とは思えない。瀞霊廷の人間だからだろうか。流魂街出身者は、死神になれなければ元いた場所に逆戻りだ。あいつらはもっと必死になった方がいいのに、なんでやらないんだ。馬鹿なのか。馬鹿なんだろうな。いや、そうじゃなくて。

 変な方向に逸れ始めた思考を元に戻す。瀞霊廷の人間ならば、死神になれなかったとしても職探しは可能だ。そういった理由からくる余裕なのだろうか。いや、そもそも十崎 鈴は卒業生なのだろうか。肯定も否定もしていなかったが。

 卒業生には見えない。これは竜胆の勘だ。竜胆は自分の勘は信用することにしている。



 卒業生じゃないとしたら、あれは何者だ?



 体の内からふつふつと湧きあがる興味の対象を眺めて、竜胆は唇に笑みをのせた。








(惹かれて、魅かれる)







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