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欠伸をする口に軽く手をあて、立石 竜胆はもう片方の手で引き戸の扉を開けた。 音はほとんどしなかったが、先に入室していた全員からの視線を浴び、竜胆は眉を寄せ、口をへの字に曲げる。 護挺十三隊・隠密機動・鬼道衆共通一次試験である、筆記試験。その会場の一室であるこの部屋には、多少の差はあれど見知った顔ばかりだ。皆同じ制服を着た、真央霊術院の同級なのだから。 微笑んで手を振ってきた女生徒に笑顔を返すと、彼女の三つ前に座っている男子生徒が鼻に皺を寄せた。 「遅いぞ立石。試験開始の三十分前には来るよう言われていただろう」 「そんなゲンゴローの言うこと素直に聞くわけないだろ。遅刻しなかったから許してよ、委員長」 言ってから片目を瞑ってみせると、苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔をされたが、気にせず扉を閉めた。 毎年使われているという筆記試験会場は一番隊の隊舎内にあり、試験室は階段のように段差が作られた畳の上に、横長の机が置かれている。 まだ時間があるため、ほとんどは荷物だけを自分の席に置き、思い思いの場所にいた。竜胆は黒板を一瞥して、自分の番号が示す席へ向かう。 「竜胆。てめー俺達には三十分前に行けって言っておいて重役出勤かよー」 畳の上に胡坐をかくなり声をかけられて、竜胆は薄笑いを浮かべた。竜胆の周りを取り囲む三人の男を見上げる。 「ばーか。俺は勝手にしろって言ったんだ。それに俺は重役だからいいんだよ」 「確かに、竜胆なら遅刻しても受けさせてもらえそうだな」 「違いねぇ」 竜胆の軽口に、三人の笑いが弾けた。女生徒達の、こらえきれないといったようなくすくす笑いが交じるなか、委員長が小さく舌打ちした。 「品のない会話だ。こんなときでさえも大人しくできないとは」 吐き捨てられた言葉に、三人が一斉に振り返る。ずんずんと階段を下り、一番前に座る委員長を取り囲む。 一番体の大きい男が、脅かすように机を叩いた。 「てめぇ何て言った? あ?」 「聞こえるように言ったんだが。頭だけでなく耳も悪いのか?」 「何だと!」 「馬鹿にしやがって!」 怒りで顔を赤くし始めた三人を、竜胆は呆れたように眺め、委員長はせせら笑った。 「そうだろう。粗野で成績の悪い馬鹿どもが。立石の取り巻きを気取ることで自分がまともに見えると思っている勘違い野郎が」 それって俺褒めてもらってんのかな、と竜胆は思ったが、取り巻き三人はさらに声を荒げる。 「ふざけんな! いつも俺達が流魂街の出だからって馬鹿にしやがって!」 「お高くとまったってなぁ、てめぇは今まで一度だって竜胆に勝てたことねぇじゃねぇか!」 「僻んでるようにしか見えねぇんだよ!」 「う、うるさいっ!」 顔に朱をのぼらせて、委員長が机を叩いた。 周囲がおろおろするなか、竜胆はつまらなそうに目を細めた。取り巻き達は委員長を言い負かしてやったと思っているようだが、結局竜胆を引き合いに出している。言っていることは間違いではないが、それで自分が勝った気になるのは違うと思う。指摘してやるつもりはないが。 委員長も委員長だ。頭はいいが短気で、すぐ頭に血を昇らせる。すぐ挑発に乗る。彼の性格をこれまで幾度となく利用してきた竜胆なので、これも指摘するつもりはない。 「ねぇ…誰か止めた方がいいんじゃない?」 「そうだよ竜胆。試験官の死神にでも見つかったら俺達まで巻き添えを食うかも…」 「じゃあお前が止めろよ」 自分の保身しか考えていない男子生徒の発言は一蹴し、女子生徒に笑顔を向ける。女子に止めさせるつもりはないが、今竜胆が出たところでこじれるだけだ。 どうせ五分前の鐘が鳴れば止めるだろう。そう思って欠伸をしたとき、からりと扉が開いた。 担当試験官がもう来たのかと思ったのだろう。試験室が一気に静まり返る。 入ってきた人物を見て、竜胆は思わず頬杖をついていた顔を上げた。縫い止められたように、視線を外すことができなかった。 黒い髪、黒い瞳。すっと伸びた鼻筋に尖った顎、薄い唇、すらりとした体躯。 その一つひとつから目が離せなかったが、視線が最終的に一点で止まった。 切れ長の右目の下にある、大輪の漆黒の花の刺青。 きっと誰もがそうなのだろうと、竜胆はぼんやりおもった。 (刺青なんて、とっくに見飽きたと思っていたのに) |
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