恋物語出会い編 | ナノ


スカーレット ラビット 1


スカーレット ラビット








「怪我の部分は自分で洗えそうなら洗えばいいが、痛いなら無理するな。タオルは何枚使ってもかまわない。服は今のところこれで我慢しろ」


 猫足のバスタブに並々と張られたお湯と大量のタオル、そしてハンガーに掛けられたバスローブを次々に指しながら説明してくれるこの人は、確かGという名前だと聞かされた。

 燃えるような赤い髪がとても綺麗だ。

 街の中心に位置するホテルに着くと、黒スーツの集団に出迎えられ、恐怖に卒倒しそうになった。

 スーツ集団の中で、より偉そうな男に部屋番号を伝えられると、ジョットは軽く頷いてから、ユキに顔を向けた。

 まずその格好と怪我をなんとかしようと言われ、ホテルの一室に連れて行かれ(伝えられた部屋番号とは違う部屋だ)、Gだけ置いて出ていってしまった。


「終わるくらいのころにまた来る。水と果物しか用意できていないんだが、食欲があれば食べておけ」

「はぁ……あ!Gさん!」


 てきぱきとした仕事ぶりに感心している間に、Gがさっさと出て行こうとしたので、慌てて呼び止める。


「なんだ?」

「あ、あの…ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げた後に、お辞儀や会釈の文化がイタリア人にはないことを思い出した。

 顔を上げると、Gは驚いた顔をしていたが、ふっと相好を崩す。


「Gでいい。その呼び方、日本では老人を意味するんだろ?」

「?……!ぷっ、ははっ!そうですね」


 一瞬言われたことの意味が分からず首を傾げたが、気づいた途端軽く噴き出してしまう。

 今一度軽く頭を下げると、Gは片手を軽く上げてから部屋を出て行った。

 それを見送って、ユキは椅子から立ち上がり、片足で飛び跳ねながらバスタブへと向かう。

 服を脱ぎ、そのまま飛び込んでしまいたい衝動を抑えてタオルにお湯を含ませ、絞る。



 土に汚れた体を、温かいタオルで拭いていくと、とても安心した。

 汚れを拭い、いい香りのする石鹸を泡立て、洗い、流した。

 さすがに髪を洗うのは時間的に諦め、汚れを拭うにとどめた。




 バスローブを身に纏い、片足でぴょんぴょん跳ねてベッドに移動する。

 ベッドに腰を下ろし、サイドテーブルに置いてあったグラスに水差しの水を注ぎ、果物の籠から林檎とナイフと取る。


「あの人達、何なんだろう…?」


 林檎の皮を剥きながら、ぽつりと洩れる呟き。

 銃撃戦に黒スーツの集団。イタリア語で交わされる会話はほとんどわからなかった。

 第2外国語はイタリア語だったのに、と落ち込む。

 ジョットとG、そして名前のわからないプラチナブロンドの手錠の人。この3人は相当上の立場であることはなんとなくだがわかった。