スカーレット ラビット 2
『イタリアンマフィア』という単語が頭をかすめる。
今日ユキが見てきた光景にぴったりとはまる集団はそれしか考えられなかった。
いつの間にかうさぎの形にしていた林檎を、ガラスの皿の上に並べる。
傷つけるつもりはない、と言ったジョットの顔を思い出す。
助けてくれたというだけで、信用したいという気持ちになっているのは愚かだろうか。
そんなことを考えながら林檎を齧っていると、突然バタンとドアが開いて、驚きに体が跳ねる。
かつかつと歩いてきたのは、プラチナブロンドに碧眼の青年。
「手錠の人」と覚えていたユキは、まさかそれを呼ぶわけにもいかず、声が出せないでいる。
ジャケットとネクタイを外したラフな状態で現れたアラウディは、ベッドの上に座るユキを静かに見下ろした。
「それ、何?」
「え?」
アラウディの視線は皿の上に並んだ林檎に注がれていた。
うさぎ林檎が珍しいのかな、とユキは皿を持ち上げ膝の上に置く。
「林檎をいただいてたんです。皮を剥くのは得意なんで、うさぎにしてみました」
「ふぅん…」
口調は何の感情も込められていないのだが、うさぎ林檎に未だ注がれ続けている視線は熱烈なもので、ユキはとても反応に困っていた。
人見知りではないつもりだが、1時間前に会ったばかりの独特な雰囲気を持つイタリア人(多分)男性に早々気安く話し掛けられるはずがない。
どうしたものかと目を伏せて小さく溜め息をつくと、ベッドがギシ…と軋んだ。
「え? 〜〜〜ッ!!」
顔を上げると顔のすぐ前に煌びやかなプラチナブロンドと端正な顔があった。
ベッドに腰掛けたアラウディは驚きの余り口をぱくぱくさせているユキをじっと見つめる。
「ちょうだい」
「は?(っていうか近い!近いよ!)」
鼻がつきそうなほど近いので、視界が少しぼやけているが、うさぎ林檎を所望しているようだと判断したユキは、皿を前に差し出したが、アラウディの手が伸びる様子はない。
不機嫌そうに「早く」と急かされ、少し迷った後うさぎ林檎を一つ手に取る。
「どうぞ」
差し出す。
が、取ってくれない。
顔が近すぎる状態に耐えられず、じりじりと下がると、壁にぴったりと張り付いてしまったがなんとか離れられた。
なんなんだこの人は。
何を考えているのかわからない。
プラチナブロンドのイケメンに傍に寄られて恥ずかしくないはずがない。
心臓が早鐘を打つが、目の前の手錠の人は全く気にしていないのか、不機嫌そうなまま首を傾げてくる。
「何してんの? 早くして」
早くって何をデスカー!?
叫びだしたい気持ちになったが堪える。
うさぎ林檎は正解、手に持ったのも正解。それでどうしろと?
だがちょうだいと言われたからには渡さないといけない。それなのになぜ手に取ってくれないのか。
そこまで考えたところ、アラウディの半開きの口元を見て、ユキは固まった。
食べさせろと?
そろそろとうさぎ林檎を口元に持っていくと、ぱくりと咥えられた。
正解!正解した!
大学受験と同じくらいの達成感を感じながらユキが心の中でガッツポーズを決めると、しゃぐっと林檎が咀嚼された音が鳴る。
「じゃ、また後で」
そう言って、アラウディは林檎を咥えなおしてすたすたと出て行ってしまった。
ぽかんとしたまま、ユキは至極当然な疑問を呟いた。
「何しに来たんだ……?」
(アラウディ!会議中に席を立つなど究極に不謹慎……何を食べている?)
(林檎だけど、何か文句があるのかい?)
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