10万企画・記念小説 | ナノ


06


《リナくん。聞いて、リナルドくん》

《私達の能力の代償のこと、軽々しく話してはダメよ。リナルドくんは、私より能力が不安定だから尚更》

《心から信頼できる人に、伝えるべきだと思った人に、話しなさい》

《え? いなかったらいいのよ。話さなくて。……でも、そんな哀しいこと言わないで》





 あんたは、信頼したのか…? リリアーナ。

 このガキを。あんたの息子よりも年下のガキを。








『聞いたんだな? リリアーナから』


 Gの左肩を踏みつけていた足を、リナルドはゆっくりと浮かせる。

 そして仰向けに寝転ぶGの、刺青が入っていない左頬のすぐ横の床に、鋭い音を立てて足を下ろす。

 一瞬体を強張らせたGだったが、リナルドの行動に臆した様子はなかった。


(ガキでも、あのボンゴレの右腕……か)


 物理的な脅しの類いは効かないとわかった。それよりも、言葉を投げた方が話が早そうだと思った。

 砂埃が舞った所為か目を細めるGは、リナルドの質問に確かに狼狽えたからだ。


『お前は予言を求めてここに来た』


 体を屈め、リナルドはGの上に馬乗りになる。鳩尾の辺りに片膝を載せると、刺青を僅かに歪めてGは呻いた。

 赤い前髪を掴んで、至近距離で顔を覗き込む。重力に従った自分の髪が、Gの刺青をくすぐったのがわかった。


『予言の代償を知ったことは、どうでもいい。リリアーナが自分で話したんだからな』


 自分の声が、こんなにも低く、冷たくなるのかと、リナルドは頭の隅でどこか他人事のように思った。

 同時に、瞬きもせずに見つめ返してくる赤い目を、磨き途中の鉱石のようだとも思っていた。


『だが、知ったうえで予言を求めて来たんだよな? 能力を使えば、リリアーナの寿命が縮むってことをよぉ』


 赤い目に映っていた自分が消えた。

 伏せられた睫毛を見ていると、Gの前髪を掴む手に力が入る。


『ちったぁマシな男かと思ったら、とんだ下種だったってわけだ』


 ありったけの侮蔑の念を込めて言い放つ。本心から言ったつもりのそれすらも、どこか他人事に感じた気がしたのは無視する。

 傷ついたように見開かれた目に、舌打ちする。感じるな、罪悪感など。


『残念だったな、リリアーナは死んだ。今まで削られた寿命が尽きたんだ。予兆すらなかった。突然、倒れたっきり眠るように死んだんだ!』


 抑えきれなかった。荒げた自分の声に、組み敷いた体がびくりと震えた。

 目が合う。赤い目の中の自分は、最悪な顔をしていた。今にも涙を流しそうな獣がいるとしたら、きっとこんな顔。


『リリアーナが死んでてよかったぜ。能力の代償を知ってて予言をもらおうととするような糞野郎に殺されなくてな! 俺だってお断りだ! 死んだってな!』


 脳から考えが伝達されるより早く、罵声が口から飛び出ているような気がした。

 知らなければ許されると思っているわけじゃない。けれどリリアーナが自ら言わなければ、客達に知る術はない。

 隠して仕事を受ける以上、客達に削れた寿命に対しての責任はない。


『だから…予言者なんて辞めちまえって……』


 か細い後悔が、口から零れた。

 どんな説得を試みても、笑って首を振った…少女のような母親。

 死に顔を思い出して唇を噛み、載せていた膝に体重をさらにかける。眉を寄せるGを見て、このまま下腹部方へ膝をずらして、腎臓でも潰してやろうかなんて考える。

 やっぱり、ガキだろうがマフィアはマフィアだ。下種な糞野郎しかいないってことだ。

 そうなんだろう?


『リリアーナに、予言をもらいたいって気持ちがあったのは…本当だ』


 鳩尾の痛みに顔を僅かに歪ませながら、Gは言った。

 リナルドは一瞬膝を浮かしかけて、そうした自分に驚いた。


『最後の手段にしたかった…。リリアーナに会えば、予言をもらうまでもなく、いい知恵を貸してくれるんじゃねぇか、って…』

『だから、なんだっつぅんだ?』


 リナルドの眉根が、ぎゅっと寄った。赤い前髪を掴んだままだった頭を、力任せに床に叩きつけると、Gが軽く咳き込んだ。


『知恵に期待なんてしてなかったんだろうが! 申し訳なさそうな顔をして相談して、結局はリリアーナに予言をもらう気でいたんだろうが! たかがてめぇんとこのボスの我儘のために、リリアーナの命を削る気でいたんだろうが!』

『たかがじゃねぇ!』


 一気に捲し立てると、Gの顔がさっと変わった。今まで無抵抗だったから放置していた右手で、前髪を掴んでいた腕を握られた。

 強い力だった。痺れるような痛みを感じてリナルドは顔を歪める。こちらを見据えるGの目が、燃えているような錯覚を起こした。


『ジョットはボンゴレのボスだ。ボスはあいつ以外ありえねぇ。あいつが、断ってきた朝利 雨月がいいと言うのなら、諦めるまで待つしかねぇんだ!』


 ボンゴレの最初の雨の守護者は、ボス自らが決める以外考えられない。ジョットの主張は確かに我儘だが、それは【たかが】ではない。


『あいつがぶれずにボスの座にいることが、圧政や悪政、私欲に走る権力者から住民を守ることに繋がる! 俺はそう信じてる!』


 大声で言い放ったGは、前髪を掴むリナルドの手をもぎ放す。

 驚いたリナルドが片手を床についたとき、Gは眼前にあったシャツの胸元を掴んで乱暴に引き寄せた。 


『だから俺にできることは、朝利 雨月を諦めた後に、あいつが納得してくれるような選択肢を、駆けずり回って用意しておくことなんだよ!』


 ほとんど叫びに近かった。灰色の目を見開いたリナルドは、心の底から呆れた。


 なんだそりゃ。ガキの機嫌を取る母親じゃあるまいし。そもそもお前もガキだろうが。


『もう言い訳はしねぇ。俺はリリアーナに予言を頼む可能性もあると承知でここにきた』


 視界に飛び込んできた赤に、リナルドは気圧された。


『予言を頼めば、リリアーナの命を削る…その業を一生背負って生きると決めてきた。ジョットのため、他の守護者のため、ボンゴレのために』


 今度は錯覚じゃない。瞳の中に、確かに燃える炎を見た。

 Gの唇が、スローモーションで動いた気がした。








『それが、右腕としての俺の覚悟だ』








(その覚悟の炎は、嵐のように俺の全身を掻き乱していった。……なんて、冗談だったらよかったのにな)