10万企画・記念小説 | ナノ


04


 リナルドが平然と鍵を叩き壊して入ったのは、どう見ても普通のアパートだった。

 つい数分前まで誰かがいたと思われる、少し雑然とした生活感のある部屋だ。

 勝手に入っていいのかと問うと、最近三度目の離婚をした服地商のブルーノの部屋だと言われた。答えになっていない。


『窓の外見てろ。相手の人数を確認しとけ』


 命令口調に一瞬眉を寄せたが、Gは従った。窓枠に体を寄せて外の様子を窺う。

 今いるアパートは、リリアーナの店から少し離れた、表通りへ出る入口に位置していた。最近三度目の離婚をした服地商のブルーノの部屋は見晴らしがよく、人相の悪い男達がまっすぐ店に向かっているのがよく見えた。

 外を見ながら、何かがおかしいことに気づいて、Gは視線は外さないままリナルドに問いかける。


『人の気配がなさすぎる…。この街の住民はそんなに減っていたのか?』


 来るときは人目につかない道を選んできたので、街の様子には注目していなかった。

 そう言うと、んなわけねぇだろ、と馬鹿にしたようなリナルドの声が飛んできた。


『街の連中はとっくに避難してるっつの』

『避難、だと?』


 信じられない言葉に、思わず振り向くと、眼前にショットガンがあった。

 条件反射で受け取ると、ナイスキャッチ、とにやりと笑われた。反応が一瞬遅れていたら、顔面で受け取ることになっただろう。


『この街はリリアーナに何度か救われている』


 床に直に胡座をかき、銃に弾をこめながらリナルドが話し出す。


 自分の予言の能力を狙う者が時折現れることがわかっていたリリアーナは、それまで定期的に住処を変える生活をしていた。

 だから今いるこの街からもしばらくしたら出ていくつもりだったのだが、何度か水害や飢饉を予言したリリアーナに、住民は困窮した街を救うため、予言者としてではなくひとりの人間として彼女に助言を求めた。

 予言に頼らず、自分たちの力で街を安定させたいという住民たちの願いを聞き入れたリリアーナは、ある約束を守ることを条件にこの街に永住することを決めた。


『その条件が、避難訓練だ』


 そう締め括ったリナルドが、銃口をGに向ける。笑い混じりだと分かっているのに、弧を描く灰色の瞳は鋭く、思わずショットガンを握る手に力がこもる。


『1〜2ヶ月に一度の避難訓練はあらゆる可能性を想定して俺が作ったハードなもんだが、街の奴らはよくついてきたぜ。実際にリリアーナを狙った襲撃はこの7年で18回あったが、死人は一人も出てねぇからな』


 Gは目を見開いた。小さく寂れているとはいえ、街だ。住民全員が突然の襲撃に、一人も死者を出すことなく避難を完了させるなんて。


『そんなことができるとはな…』


 零れた言葉に、リナルドははぁん?と馬鹿にしたような声を上げる。


『ボンゴレだって作戦や襲撃に備えた演習をやるだろうが。訓練を重ねれば一般人にだって効率の高い避難はできる。その方が、守る側にとっても守りやすいに決まってんぜ』


 リナルドの言っていることは当然のことだったが、考えもしなかったことだった。

 管轄地を守るには、自分たちボンゴレをより強くするしかないと思っていた。

 自分の守るべき場所の住民たちに、自らの身を守らせるなど、考えもしなかった。

 Gの考えを読んだかのように、リナルドは不思議そうな顔をして薄い唇を歪めた。


『てめぇの身をてめぇで守るのは当然だろ』


 まぁ、そうなんだが。

 リナルドはもうこの話題に興味を失ったようで、次々に武器を取り出しては床に並べている。

 最近三度目の離婚をした服地商のブルーノの部屋は、武器の保管庫のひとつなのだという。


『相手の人数が確認できたら奇襲をかけるぞ。奴らはお前を討ち取るまではここから出て行かねぇだろうからな』

『お前の所為で奴らは調子づいてるからな』

『てめぇらが弱いのを人の所為にすんな』


 厭味をさらっと返されて思わずかっとなったが、唇を噛み締めて堪える。この男の言うことは、いちいち正しい。

 涼しい顔をしてナイフを研いでいる姿を見ていると、一度は消えかけた疑問が再び顔を出した。


『お前…本当に予言をしたんじゃないのか?』


 Gの問いに、リナルドは眉を上げた。

 リナルドは予言者・リナのふりをして、相手ファミリーに予言を与えた。

 予言の内容は想像がついた。ボンゴレの、本部を含めた主要砦のひとつが、現在混乱している。

 内部の問題で、相手ファミリーには気づかれていなかったはずなのに、その混乱の隙を突いた、思ってもいなかった戦術を用いた襲撃によりその砦は落とされた。

 リナルドがやったのは、予言でなく情報と戦術の提供だと言う。正確な情報と戦術を組み立てる能力があれば、予言の力などなくてもできることだが、Gにはどうしても、リナルドが母親の能力を受け継いでいる可能性を捨てきれなかった。


『なかなかこだわるな。…やっぱお前、予言をもらうためにここに来たんだろ?』


 質問に質問で返されるのは、不快だ。

 顔全体でそう主張すると、笑いながら両手を上にする降参のポーズを向けられた。馬鹿にしてやがる。

 Gは溜め息をついた後で深く息を吸い込み、咳き込んだ。埃まみれのコートを着ていたことを思い出し、すぐに脱ぎ捨てる。

 立ち上がったリナルドが、ナイフを手の中でくるくると回しながら近づいてきた。不敵な笑みを浮かべたまま。


『俺が奴らに予言を渡した時点での情報じゃ、何が原因かは知らねぇがお前とボンゴレのボスがもめた所為で、混乱が起こった…』


 違うか?…G、と言い歪む口元。近くに立ってわかったことだが、Gとリナルドの身長はほぼ同じだった。

 舌打ちをして、Gは目を逸らした。この男、いったいどんな手を使って情報を得てやがるんだ。


『ファミリーの命運がかかった戦争中に…これ以上あいつの我儘をきいてやるわけにはいかねぇんだ…』





《もう少し、待ってくれ…G》




 真剣に自分を見据えるオレンジの瞳が、瞼の裏に浮かび上がる。

 苦しそうな表情で、自分に向かって懇願してきた幼馴染み。

 彼の頼みは、叶えてやりたいと思っている。今、この瞬間も。

 それでも、その頼みに応えることは、戦争中のボンゴレをますます危機に落としかねない。


『くそっ!』


 我儘を言っているのは幼馴染みで、ボス……ジョットだ。

 ジョットの我儘を、自分は右腕として、嵐の守護者として受け入れられなかった。

 そういう問題なのだ。わかっている。

 けれど、あいつの所為にしたくなる…。








『あいつが……朝利 雨月が、雨の守護者になるのを断ったりしなけりゃあ…』








 噛み締めた奥歯の間から洩れた言葉に、リナルドの目が静かに細められた。








(予言を欲した、その理由)