10万企画・記念小説 | ナノ


03


『やったか!?』

『いや、いない。逃がした!』

『だからもう少し近づいてから撃てばよかったんだ!』

『馬鹿野郎!ボンゴレのGだぞ。むしろここまで離れていたから気づかれなかったんだ』


 相棒の言葉に、男は盛大に舌打ちをする。自分達が銃を乱射した後の店内に、人の気配はなかった。

 倒れていた椅子を蹴ると、床の上を滑り、埃が舞い上がった。


『逃がしたら意味ねぇだろうがよ』

『ああ悪かったよ。だがここまでやって部下らしき奴がこねぇとなると…奴は一人だな』

『よし、確か近くに補給部隊の奴らが来てるはずだろ。そいつらを呼んでくるぜ』

『急げよ。ボンゴレの右腕を仕留める絶好のチャンスだ』


 声が止み、二人分の足音が遠ざかる。

 それらが完全に離れたと思ったとき、顔をすぐ傍で明かりが灯った。


『だいたいは、わかったけどよ』


 リナルドが咥えたタバコに火をつけ、深く吸い込んだ煙を吐き出した。

 突然の店の外からの銃撃に、反射的に床に伏せ、何が起こったのか確認するため起き上がろうとしたら、突然襟首を掴まれ、今いる床下の隠し部屋に蹴り入れられたのだ。

 それにしても、とGはタバコをくゆらせるリナルドを眺める。銃撃してきた相手は、完全にこちらの気配に気づいていなかった。

 つまりリナルドも、自分と同じように気配を消していたということだ。

 一体こいつは…何者だ?


『お前ボンゴレだったんだな』


 狭い隠し部屋の中では、紫煙はすぐ充満したが、気にはならなかった。自分もタバコが吸いたくなったが、先ほど伏せた際に落としてしまったらしく、ポケットにはなかった。

 Gが答えないのを肯定と取ったらしいリナルドは、喉をくっと鳴らして笑う。


『それを先に聞いてりゃあ。少しは歓迎してやったのによ』

『どういう意味だ?』


 眉を寄せる。穴の空いた隠し部屋の扉から洩れる明かりが、リナルドの顔を照らす。狭い部屋に二人で入っているため、その顔はすぐ近くにあった。

 長い前髪から覗く、光りを孕んだ灰色の瞳が少し明るく見える。

 2秒ほど目の前の顔を凝視して、Gははっと我に返る。

 男である自分が見惚れるほど美しい男がいることはわかっていた。そういう男はたまにいるのだ。

 見慣れたはずなのに、ふとした拍子にそういう顔をする幼馴染を思い出し、Gは僅かに苦笑した。


『そりゃあ大規模戦争中のボンゴレの情報なら、高値で売れただろうからな』


 笑い混じりに言われた言葉に、Gは口元に浮かんでいた笑みを一瞬で消した。

 半分ほど灰が落ちたタバコを咥えたままのリナルドを、きつい目で見据える。

 そう、ボンゴレは現在、某ファミリーとの戦争の真っ最中だ。だからボンゴレの情報なら高値で売れるだろう。

 Gはリナルドの瞳を見つめて、はっと瞠目した。


『お前、【灰色の目の情報屋】か?』


 リナルドが笑う。長い前髪の向こうで、灰色の瞳が弧を描いた。


『へぇ、知ってたんだな。まぁそっちももう辞めたんだけどよ』


 灰色の目の情報屋も、裏の世界では有名だ。尤も、アラウディを雲の守護者に迎えて以降、ボンゴレでは使ったことはない。

 Gは、リナルドをまじまじと見て、納得したように頷いた。


『なるほどな。お前が短期間とはいえリリアーナの代わりができたことと、リリアーナが予言者なんてもんをやっていて無事だった理由がわかったぜ』


 リリアーナは、彼女の予言能力を自分だけのものにしようという輩からいつも狙われていると聞いていた。

 一度ボンゴレから護衛を出そうかと打診してみたが、『頼りになる用心棒がいるから』と断られたことがあった。

 これで得心がいった。【灰色の目の情報屋】が息子ならば、これ以上の用心棒はいない。裏世界の情報操作はお手の物だっただろう。

 四六時中傍にいるという方法とは違うが、リナルドは自分なりの方法で母親を守っていたということだろう。


『お前の持つ情報量なら、予言と言ってもおかしくはないな。リリアーナの代わりも務まるはずだ』

『いんや、情報だけじゃリアルな予言は不可能だからな。あいつが死ぬ前に受けた仕事の残りを片付けただけだ』


 眉下げて口元を自嘲気味に歪めるリナルドは、最初と随分印象が違う。

 どう違うのかは、わからないが。


『あいつらに予言…つうか、情報をやったのは俺だな』


 あっさり言われた言葉に、Gはぎょっと目を見開いた。

 あいつらとは、先ほど銃撃してきた奴らのことだろう。そして奴らは、先ほどの会話からして今戦争中の相手ファミリーだ。


『ボンゴレに勝ちたいって言うから、勝てるって言ってやったし、優勢に立てる方法を教えてやった』


 にたり、と薄い唇が今度は悪戯っぽく笑みを浮かべる。



 おかしいと思うべきだった。奴らは偶然Gを見つけたようだった。

 つまり、Gとは関係なく奴らはここに来た。こんな辺境の街へ、二人だけで。その理由は、ここまでくれば考えるまでもない。





『あいつらがまたここに来たってことは、俺の予言は当たって、ボンゴレは今劣勢ってことだな。たーいへーん』








 けらけら笑い出した凄腕情報屋の偽予言者を、今すぐ殴りたくなった。








(さあて、あいつらが仲間連れて戻ってくんの待ってる義理ぁねーし、行くか)

(…そうだな)

(そういえばよ)

(なんだ?)

(お前、名前何てんだ?)