02
『あぁ? 誰だてめぇ?』
まさに自分が言おうとしていたことを先に言われて、Gはきつく眉を寄せた。
見たことのない男だった。
この店の家主であるかのような振る舞いを見せているが、Gはここの家主が誰か知っている。
そんなGのことなどお構いなしに、男は手近の酒瓶に手を伸ばした。男が寝転がっていたカウンターには空の酒瓶がいくつも転がっている。
酒を煽った男は、唇の端をつり上げて目を細めた。
『まぁ誰でもいいがよ。とっとと出てけ。この店は閉店だ』
『閉店?』
男を見つめる。酒を飲んでいるのに、酔っている様子がまったく感じられない。
灰色の瞳が鋭く光っている所為だろうか。気を抜けば牙を剥かれそうだと感じてしまう。
『あぁそうだ』
男が嗤う。
『入ってきたってことは何か用があるんだろうが、もうここは永久不変に閉店だ。他を当たるんだな。まぁ他の店なんか知らねぇが』
喉を震わせて笑う男に、Gは苛立ちをあらわに近づいた。
カウンターの傍まで歩み寄り、未だ寝ころんだままの男を見下ろす。
『俺は知人に会いに来たんだ。リナ……否、リリアーナはどこにいる?』
嘘だ。
Gは唇を噛む。彼女に会いに来たのは本当だが、自分は今日は客として彼女に会いに来た。
だが、目の前の男の態度に、はいそうですかと引き下がる気にはなれなかった。
『ほーぉ…』
男は目を眇めてGを見上げ、起き上がってその場に胡坐をかいた。その目に、違う感情が浮かんだのがわかった。
『本名を教えているとはな…。リリアーナは一ヶ月前に死んだ。…もういない』
『なッ…』
Gは目を剥いた。ショックで一瞬思考が止まったが、すぐに思い直して男が座るカウンターに手を叩きつけた。
『嘘をつくな!二週間ほど前にリナに予言をもらったという奴らの話をいくつか聞いた。死んだなんてそんなこと…』
『俺もリナだ』
男はあっさりそう言って、親指を立てた手を自分の胸に向けて見せた。
言葉の意味がわからず目を細めたGに、人を食ったような笑顔が向けられる。
『リナルド…それが俺の名前。予言者・リリアーナの息子だ』
がんっと頭を殴られたかのような衝撃が走った。
Gの記憶の中のリリアーナは、道端に咲いた小さな花のような、可愛らしい笑顔を浮かべる少女だった。
だが、そのリリアーナの息子だという男…リナルドは、自分と同年代もしくは年上に見えた。
Gの表情の意味に気づいたのだろうリナルドが、くっくっくと笑いに震える。
『さすがに歳は言ってなかったか。俺の母は享年41歳。まぁ若ぇ母親だが、立派なおばさんだよなぁ』
そう言ってリナルドはしばらくけらけらと笑っていたが、ふと真顔になって、出入口のドアに向かって顎をしゃくった。
『わかったら出てけ。もうリリアーナはいねぇし、店もない。ここに用はねぇはずだ。リリアーナの墓に行きたきゃ、街のはずれの共同墓地だ』
その声に押されるまま、出て行こうかと思った。
突然のリナルドの登場に驚いた所為で実感できていなかったが、友人が死んだのだ。
墓に行って、彼女を参って、帰ろう。
そう思って踵を返しかけたが、止めた。ここに来た理由を思い出したからだ。
自分の独断の行動だが、ボンゴレのためにこの場所に足を踏み入れたはずだった。
『お前はリナを名乗って客に予言を与えたんだろう?』
目の前の男は、リリアーナの息子と名乗った。何も考えずに受け入れていたが、普通は疑う。
そうしなかった理由は、リナルドはリリアーナによく似ていたからだ。
身体的特徴を挙げれば、灰色の瞳以外はどこも似ていない。それでも似ていると思ってしまう。
リリアーナから、予言の能力は血によって代々伝わったものだと聞いていた。息子であるなら、リナルドにもその能力はあるということだ。だから予言者・リナを演じてこれたのだろう。
幼馴染ほどではないが、俺も自分の勘を信用してもいいだろう。
Gの問いに、リナルドはにっと笑い、片眉を跳ね上げた。
狼のような男だと、思った。浮浪者のような風体だというのに、どこか洗練とされている。そんな獣のような男だ。
『予言なんつうもんは、とどのつまり占いみたいなもんだと考えている奴が多いんだよ。そういう阿呆を騙すのは簡単だ』
本気で予言を望んでいる奴の仕事は受けなきゃいいだけの話だと、けろっと言ってのけるリナルドに、Gは呆れ返った。
やっぱり俺の勘じゃダメか。超直感とはわけが違う。
『まぁ、もうそんな遊びも辞めたんだよ。だからてめぇも帰りやがれ』
すらすらとそう言って、リナルドは再びカウンターに寝ころんだ。
程よく筋肉のついた背中を見て、Gは所在なげに目を伏せる。
『無駄足だったな』
振り返ることなく声をかけられて、苦笑する。
『そうでもねぇよ…』
実際、無駄ではなかった。リリアーナの死を知ったことには胸が痛んだが、彼女の墓の場所も知ることができた。
今は一刻も早くボンゴレ本部に戻るべきだが、少しの墓参りくらいは許されるだろう。
『邪魔したな、リリアーナの息子』
『うっせぇ、とっとと帰れガキ』
照れ隠しのようにも聞こえる言葉に思わず笑いが零れた。
そのとき、銃声が鳴り響き、カウンターの上の酒瓶が粉々に砕け散った。
(開幕を告げるのは、ベルではなくいつも銃声だ。まぁマフィアだからな)
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